第一話 惚れ薬
新しい出向先、雪山の町キノルへの旅の途中にある平原の町、ティスカは王国で最も薬草に溢れた土地だ。
国策で様々な薬草の栽培研究が行われており、その一環で農家に広まった様々な薬草の畑に囲まれている。季節ごとに薬草の花が咲き誇り、観光地としても名高い。
そんなティスカに訪れたセラたちは観光をほどほどに切り上げて宿に入った。
ここまでの道中、天候に恵まれずに旅程が遅れていたため、観光する暇もなく早朝に出発することになったからだ。
せめて名物の薬草風呂だけは楽しみたいとイルルたっての希望で少し上等な宿に泊まった。
薬草風呂と言いつつただ香り付けに薬草や花を浮かべているだけの風呂に拍子抜けしたセラだったが、楽しんでいるイルルの前で無粋なことは言わない。
「セラって国立錬金術師ギルドの中だとどれくらい凄いの?」
イルルは風呂に浮かぶ花を両手で掬って観賞しながら質問する。
「抽象的ですね。凄いというのは権限の話ですか?」
「左遷されてきた人に権限とか立場の話は振らないよ。錬金術師としての腕、みたいな?」
「そうですね……」
セラは考える。
錬金術師の腕といっても、様々だ。新薬の開発力、既存薬の改良、あるいは服用者の体調や体質といった個別の問題を解決する能力、単純にポーションを量産する手際の良さなどもある。
イルルも別に厳密な答えを求めているわけではないだろうと、セラは考えを打ち切った。こんな風にあれこれ考えるから人との会話は面倒で、政治にも興味が失せるのだ。
「私は開発部の所属でした。開発部内で私より新薬を考案した人は過去も含めていません。国からの注文も急ぎならまっすぐに私に持ち込まれました」
「えっ、本当に凄いじゃん。なんで左遷されたの?」
「他の開発部員でも国からの注文に答えることはできます。私の場合、開発部のお金で好き放題に研究して作った新薬のレシピが大量にあるので、私に聞けば近い効果のポーションをすぐに出せます」
政治を疎かにして研究室に籠って作り出したストックだ。叩けば埃は出ないけれど、レシピがぽろぽろ出てくる。急ぎの注文ならセラに聞くのが一番という流れができるほど。
「国のお金で開発したポーションなので、ストックしていたレシピも全部研究室に置いてあります。国の財産ですからね」
「つまり、セラさんが国立錬金術師ギルド本部で作った実績が丸ごと研究室に置き去りってこと? 酷くない、それ?」
「お給料はもらっていますから、別にひどい話ではありませんよ」
セラ本人が気にしていない以上、イルルが怒っても仕方がない。
納得いかない様子で風呂の淵に顎を乗せたイルルはセラにさらに質問する。
「ちなみにどんなストックがあったの?」
「当たり障りのないものだと、衣服の泥汚れを自身の魔力で吹き飛ばすポーションなどですね」
「ずいぶん限定的だね? 何に使うの、それ」
「そのうち、騎士団に配備されますよ。野外演習でも実戦でも、衛生環境に直結します。特に医療テント内で使うことを想定しています」
なお、開発動機は騎士団とは無関係。経理部の人間が、息子が外遊びで泥だらけになって帰ってくるのを何とかしたいとぼやいているのを聞いたのが理由だ。
「国の資金で開発するので理由をでっちあげないと開発資金が下りないのが、公務員の面倒なところです」
「実際にでっち上げて結果も出しちゃうのが凄いよ」
縁遠い業界の話だからか、イルルの質問は尽きない。
イルルは楽しそうに笑いながらセラを見た。
「じゃあさ、国から惚れ薬を作ってほしいって注文はないの? 諜報員とかが欲しがりそうだけど」
「国からはないですね。そもそも、惚れ薬は作れませんから」
「作れないの?」
イルルは意外そうな顔をするが、錬金術師には常識だ。
セラは波に乗って近付いてきた薬草を手で押し流しながら説明する。
「人間が他人に好意を寄せる際の評価基準が多すぎるんです。容姿、匂い、声の高低、肩書き、趣味嗜好、年収や家族構成などなど。しかも、他人によって評価基準が千差万別です」
特定の一人にだけ好意を寄せてもらいやすくするポーションならば作れないことはない。素材に三日以内に採取した相手の血液が必要になる。血液をもらえる関係性なら惚れ薬はいらないだろうけど。
イルルが首を傾げる。
「パラジア寄せのポーションを作ってたよね? あんな感じでは作れないの?」
「種類によりますが、魔物寄せのポーションは基本的に対象の興味を引く効果なんです。この興味は嫌悪や怒気も含みます。つまり、怒らせて近寄らせるんですよ」
餌と誤認させる魔物寄せポーションもあるが、生態調査がかなり進んでいないとどんな餌で興味が引けるのかもわからないので種類は少ない。
なるほどぉとイルルは残念そうに呟く。気になる異性でもいるのだろうか。
コイバナに話題が転換すると途端に引き出しが少なくなるセラがドキドキし始めた時、イルルが何かに気付いた。
「セラ、さっき国からは注文がなかったって言ったよね? じゃあ、国じゃないところからはあったの?」
「貴族の方からしつこく来たことがあります」
思い出すだけでもげんなりするが、イルルは興味津々な様子だ。
無言で続きを促してくるイルルにセラは仕方なく説明する。
「作れないと断っても半年も依頼し続けてくるので、仕方なく作って渡しました。ねずみに惚れられるポーションを」
「うわぁ。ねずみの多い王都で?」
「はい。ネズミにとって食べたくて仕方がなくなる匂いを発するポーションです。日夜ネズミに追われ、どこにいても噛まれます」
誰に惚れられたいかはもちろん、何に惚れられたいかも聞いていなかったので渡したのだ。
ちなみに効果は三か月持続する。
「しばらく自室から出られない日々が続いて、その間に惚れ薬に関する話が広まって立場をなくし、田舎に引っ越したそうです」
「笑うのは可哀そうかもしれないけど自業自得だね」
イルルは堪え切れずに風呂の縁で腕に顔をうずめて笑う。
ひとしきり笑った後、イルルはセラを見た。
「でも、相手は貴族様でしょ。セラの立場は大丈夫だったの?」
「社交界でも嫌われていた方だったらしくお咎めはありませんでした。それに、ネズミに惚れられるポーションは倉庫番の猫に与えるだけで狩猟効率が跳ね上がると評判で、国からは賞与をいただきました」
そういえば、イルルは猫に変身する魔道具を持っていたと思いだし、セラはイルルを見る。
「飲みますか?」
「飲まないよ!?」
リアルが忙しいので、二章以降は二日に一回更新となります。




