第三十七話 報告会
パラジア討伐戦は十一回目にしてようやく完了した。
ヤニク周辺海域はもちろん、よその地域にも拡大している可能性があったため半日で移動できる範囲を網羅しての討伐戦だった。
パラジア寄せのポーションを唯一有効に活用できるセラの魔力量次第の作戦でもあり、かなりの長期間に及んでしまった。
長期間、冒険者をヤニクに留め置かなくてはならないため、冒険者ギルド長コフィは夢の中に帳簿が出てくるとしきりに愚痴を呟いていた。
作戦のたびに秘蔵の高速艇を送り出す漁師ギルド長も胃薬を飲み始めていた。
そんな中での討伐戦完了は両ギルド長だけでなくヤニク全体が沸き立つほど喜ばれ、今夜の町は非常ににぎやかだ。
町の喧騒を遠くに聞きながら、セラは会議室の面々を見回した。
「ひとまず、各自の報告から始めましょうか?」
会議室に集ったのはセラとアウリオ、冒険者ギルドを代表してコフィ、漁師ギルド長、騎士団代表オースタ、ヤニクの錬金術師代表コットグだ。
漁師ギルド長がコフィを見る。
「悪い話から行くべきだ」
「悪者扱いしないでもらいたいな」
コフィはぼやきながら立ち上がり、報告する。
「討伐したパラジアを引き上げて検査した。先に話すが、セラさんたち高速艇が発見した白いパラジアは見つからなかった。討伐したとの報告もない。おそらく、生き残っているはずだ」
コフィが冒険者ギルドの落ち度だと頭を下げる。
だが、コフィは続ける。
「白く巨大なパラジアは見つからなかったが、部分的に白いパラジアはいくつか見つかった」
鋏や脚、胴体など白い部位は様々だが、数が集まれば見えてくるものもある。
「まず、白くなった部位は陽光に晒すと脆くなることが分かった。パラジアが二百メートル海底で群れを成していたのはこれが理由だろう」
「港を襲撃したパラジアの群れにも一部が白くなった個体がいたと聞いたが?」
漁師ギルド長が質問すると、コフィは続ける。
「今回討伐したパラジアは一部が白くなった個体もそうでない個体も、共食いを行っていたことが解剖で判明している。港を襲った個体には共食いの痕はなく、胃にもそれらしい痕跡は見つかっていない」
「港を襲撃したのは共食いから逃れた弱い個体だったのか?」
「冒険者ギルドの見解としてはそうだ」
コフィが冒険者ギルドを代表して見解を言うと、漁師ギルド長も納得せざるを得ない。
「漁師ギルドでもパラジアの解剖は行った。共食いの痕は確認しているが、肝心のコロ海藻を胃からは検出できていない」
パラジアの大量発生がコロ海藻の不足原因であるという推測を否定するような検査結果だが、この場に集うものは事前に配られた資料で理解している。
セラは司会進行役の務めを果たすべく、最初に質問した。
「コロ海藻を食べ尽くして、食料がなくなったゆえの共食いだと思いますが、コットグさんが検査していましたよね?」
「あぁ、していたとも。甲殻の構成成分を調査した。コロ海藻由来と思われる成分が甲殻に含まれている。ただ、ある時期からコロ海藻由来の成分の減少を確認できた」
「待ってくれ。甲殻に含まれた成分だろう? 減少が確認できるのか――あ、脱皮か?」
質問している間に答えにたどり着いた漁師ギルド長が照れくさそうに頭に手を置く。
パラジアは魔物ではあるが甲殻類でもあり、定期的に脱皮する。
コットグが補足した。
「パラジアの甲殻にフジツボの一種が引っ付くんだけどね。脱皮するとそのフジツボも抜け殻と一緒に剝がれてしまう。フジツボの成長度合いを見れば、いつ脱皮したのかが推測できるってわけさ」
コットグの行った成分検査によれば、パラジアの甲殻からコロ海藻由来の成分が検出できなくなったのは一年以内に脱皮したと思われる個体。
つまり、一年前までは深海にコロ海藻があったのだろう。
「コロ海藻不足に至るまでの流れが見えてきましたね」
パラジアの大量発生と白化個体の発生、日の光が届かない深海域へ移動したパラジア達はコロ海藻を食べ尽くし、共食いを行うようになる。
共食いから逃れた弱い個体は浅瀬のコロ海藻を食べ尽くし、人間側でもコロ海藻不足が表面化した。
パラジアの討伐がほぼ完了した現在、コロ海藻の自然増加を待てば問題は解決するはずだ。
「このメンツで町のお祭りで羽目を外すかい? もちろん、お嬢さんのエスコートは任せてくれ」
「コットグさん、冗談を言える状況か?」
漁師ギルド長に指摘されると、コットグは肩をすくめる。
確かにコロ海藻不足の問題自体は表向き解決した。だが、根本原因が不明なままだ。
「パラジアは何故大量発生したのか、白化個体は何故発生したのか、この二つを解明しないとまた同じことが起きかねない。セラさんの方はどうだ?」
漁師ギルド長に質問され、セラは今日届いたばかりの手紙をポケットから取り出す。
「白化したパラジアの死骸をサンプルとしていくつかの研究機関に送りました」
国立錬金術師ギルド本部をはじめ、セラの伝手を総動員した。
「少なくとも、錬金術で検査できる範囲での異常は見つかっていません。未知の薬効による脱色なども考えましたが、共食いをしているくらいなので餌に原因があるとも考えにくいです」
「何らかの病気なのか?」
「その可能性も踏まえて現在調査中です」
要するに調査の結果なにもわからなかったのだが、調査したことに意味がある。少なくとも、早期の原因特定は難しいとわかったのだから。
原因がわからないならわからないなりに対策を取るべきだと、セラは思う。
「定期的な資源調査とパラジアなどの魔物の間引き、個体数の把握で予防できると思います。問題は、深海の調査要員の確保でしょう」
「それはセラさんとアウリオができるのでは?」
コフィの指摘に、セラはポケットから取り出したばかりの手紙を見せる。
「申し訳ありませんが、私は新しい出向先が決まりましたので一週間後にはヤニクを出立します」
コフィだけでなく、会議室の面々は一様にぎょっとした顔でセラが持つ手紙を見つめた。
コロ海藻不足の問題解決の一番の立役者はセラだ。そのセラがいきなり別の地方に飛ばされるという。
「国立錬金術師ギルド本部は馬鹿しかいねぇのか!?」
激怒したコフィが口調も荒く吐き捨てた。
「セラさん、国立錬金術師ギルド本部なんてやめて冒険者ギルドにくると良い。誰にも文句は言わせない」
「ありがたい申し出ですが、次の出向先でも何か問題が起きているようでして。むしろ、コロ海藻の件での仕事が評価されての人事異動なんです」
コフィ達には言えないが、コロ海藻の不足の原因がパラジアにあると特定したことでヤニク冒険者ギルドの反乱疑惑は立ち消えとなった。
国立錬金術師ギルド本部としては、セラをヤニクに留めておく理由がなくなって、この際だから他の素材不足も解決させてしまおうと考えたらしい。
便利に使われている、とはセラも思う。
国立錬金術師ギルド本部に憤慨しているコフィたちを見回して、セラは話を戻す。
「それで、深海調査要員の確保ですが、開発を進めていた代替ポーションが完成しました。海中呼吸、海中透視、海底遊歩の代替ポーションです。後は対水圧系のポーションを開発すれば調査が可能になると思います」
「対水圧のポーションは聞いたことがないね」
コットグが興味を惹かれて身を乗り出す。
「私の自作レシピです。一週間以内には完成させますのでご安心ください」
自作レシピと聞いて、コフィの顔が引きつった。セラはコフィの反応に首を傾げつつ会議はおしまいと礼をする。
「それでは後一週間、ご協力をお願いします」




