第三十五話 錬金術に命を懸ける女
「――それで私たち王立騎士団に協力要請が来た、と」
セラから経緯を聞いたオースタは苦笑した。
「ヤニク冒険者ギルドにしては対応が柔軟だな、と見直していたんですけどね」
「最終的に協力を要請したのですから、柔軟な対応だと思います」
船に物資を積みこんだり冒険者たちに必要なポーションを配っている職員たちを見ながらセラは言う。
いまだに国や機関への反発心はあるだろうが、働き方次第では受け入れられることもセラが証明している。
「次は騎士団の番ですよ」
「まぁ、私たちも争うより仲良くしたいのが本音です。お互い、疑うのは疲れますし無益ですからね」
反乱疑惑の件もオースタはすでに誤報だと考えているらしい。
オースタのもとに騎士が一人駆け寄ってくる。
「魔道具の起動確認が完了しました。すべて正常に稼働しています」
「わかった。配置につけ。では、セラさん、あまり無茶をしないでくださいね」
「そちらもお気をつけて」
オースタを見送り、セラは冒険者ギルドの準備状況を見回す。
セラがレシピを作った代替素材の碇のポーションや海中透視、海中呼吸のポーションなどが各自に配られている。戦場は主に船の上と海面上、海面直下になるため、冒険者は揃って軽装だ。
「水分補給は済ませておけ! ポーションの副作用でしばらく淡水が飲めなくなるからな」
コフィが注意事項を大声で伝えている。
漁師ギルドも船同士の間隔や航路の最終確認をしていた。
参加者は騎士団も含めて四十人を超えている。密漁組織の摘発と同じくらいの規模だが、両ギルド長が腕利きを集めたと豪語するだけあって纏う雰囲気も頼もしい。
研究漬けのひ弱な国家錬金術師が混ざるのは場違いなくらいだ。
眺めていても邪魔になるだけだと思い、セラは高速艇に乗り込んだ。
船長が船室の扉を開けてくれる。
「どうぞ、セラさん」
「ありがとうございます」
「こちらこそ。セラさんがいなかったらパラジアの大量発生に気付くのにもっと時間がかかったでしょう。今回の作戦もセラさんが要です。俺の操舵でパラジアを寄せ付けないんで、安心してください」
太い腕に力こぶを作って見せ、船長は舵輪の方へ戻っていく。
薬草クッキーを食べながら出港を待っていると、船室にアウリオが入ってきた。
「セラさん、俺にもそのクッキーもらえる?」
「どうぞ。多めに作ってありますので」
「それなら、船長さんの分も欲しいな。この船で命を預けあう仲間だしね」
アウリオはそう言って数枚のクッキーを持って船長に声をかけ、談笑したあと戻ってきた。
「そろそろ出発する。俺たちは先に現場海域にいってパラジアを浮上させておけってさ」
先ほど船長と談笑した時に話していたのか、高速艇が動き出した。
遠ざかる港を眺めながら、アウリオが口を開く。
「魔物寄せのポーションを使う以上、一番危険なのはこの船、引いてはセラさんだ。出向してきたばかりのセラさんの待遇を見た俺からすると、命がけでこの作戦に参加する義理がないように思うんだけど……」
アウリオは水平線に消えた港から目をそらし、セラを真正面から見て問いかけた。
「見返してやりたいとか、そういう感情?」
いまさらな質問にも思えたが、どこで誰が聞いているかわからないヤニクではできなかったのだろう。
「見返すも何も、嫌われていたのは私ではなく肩書きです。説明会を提案すれば聞いてもらえましたし、今回の作戦もそうです。少し不便だったくらいでしょう」
特に気にした様子のないセラにアウリオは意外そうな顔をした。
「国立錬金術師ギルド本部にも?」
「むしろ、私がヤニクに出向しなかったら問題が解決したかわかりません。結果論かもしれませんが、見る目があったともいえます」
自惚れではなく、セラの知識量は国立錬金術師ギルド本部の中でもトップクラスだ。伊達に研究に没頭して政治を疎かにしていない。
「それに、不満があったら最初からギルド本部の研究室に立て籠もっていましたよ。私がその気になれば大砲を打ち込んでも効果がありませんから」
「ははっ、大砲か。大きく出たな……。え、本気?」
普段からあまり表情が動かないセラの顔を見ても冗談かわからず、アウリオが反応に困っていた。
アウリオは気を取り直したように話を戻す。
「じゃあ、なんで命がけの作戦に?」
セラは実体魔力のポーションとパラジア寄せのポーションを取り出しながら答える。
「私は錬金術一本で地方から王都の国立錬金術師ギルド本部に行くような人間です」
ポーションを飲み干して、セラは続ける。
「コロ海藻がないと私の研究に差し支えます。錬金術を取り上げられたら私には何も残らない」
自分の研究環境を整えるためにも、コロ海藻不足の問題は解決しておきたい。
セラがヤニク冒険者ギルドに出向を命じられたのは、冒険者ギルドがコロ海藻を備蓄して反乱の準備を進めている可能性を調査するためだ。ならば、コロ海藻不足の原因が他にあると証明できれば、王都の国立錬金術師ギルド本部の自分の研究室に戻れる。
「錬金術ができないのなら死んでいるのと一緒なので、命くらい賭けますよ」
本気で言っているのは口調でわかったのだろう。アウリオは真剣な顔で考え込むように口を閉ざした。
しかし、考える時間はもうない。
船長が船室の二人に告げた。
「到着しました。お二人とも、作戦を開始してください」