第三十四話 作戦会議
セラとアウリオはヤニクに戻ってすぐに冒険者、漁師ギルドの幹部級と錬金術の代表としてコットグを呼び、調査結果を伝えた。
「パラジアの異常繁殖により、コロ海藻が全滅しています。魚もパラジアを恐れ、海面近くに浮上していますので今後は魚類にも影響が及ぶでしょう」
コットグが机に頬杖を突いてため息をつく。
「パラジアがこの時期に群れるのも異常だし、コロ海藻が全滅して餌がないのにとどまっているのも異常だ。そこのところ、何か原因はわかったかい?」
「冒険者ギルドの資料には似た事例の報告がない。海底に集まっているパラジアを討伐して、様子を見ることになるが」
冒険者ギルド長コフィの言葉に、参加者の表情は曇る。
原因がわからないのでは今後もパラジアや他の魔物の大量発生が起きかねない。
「どのみち、パラジアの駆除と解剖は必須だ。問題は、駆除できないってところだな」
今回、実体魔力のポーションを飲めるセラとアウリオだからこそ海底の様子を見ることができた。
ここから戦闘となると、セラとアウリオではどうしても手が足りない。もっと戦力が必要になる。
「浮上してくるならやりようもあるが、海面下二百メートルとなると戦力確保が難しいな」
コフィが瞼を閉じて思考に耽る。潜水魔道具の所有者で戦闘もこなせるような人物となると呼び集めるだけで相当な金が必要になる。
コットグがセラに声をかけた。
「国家錬金術師のお嬢さん、魔物寄せのポーションでなんとかならない?」
「相手が海底にいますから難しいですね。海面付近で使用しても波で拡散するので海底に届きません」
「だよねぇ。でも、海面下に届ける方法、あるじゃない?」
コットグがウインクしてヒントを出す。セラの胸元、実体魔力のポーションを忍ばせている内ポケットを指さした。
セラも気付く。
「面白いことを考えましたね。……やや効率は悪いですが、可能です」
「どれくらいの範囲にお嬢さんの魅力が届くのかな?」
「距離と私自身の魔力量から逆算すると、二時間程度で移動できる範囲です」
「高速艇の使用許可を頂戴よ。それで万事解決でしょ」
コットグが漁師ギルド長に声をかける。
セラとコットグの話についていけていない周囲が困惑しているのに気が付いて、アウリオが補足した。
「実体魔力を使えば波の影響をなくすことも、水流を発生させることもできる。セラさんが実体魔力のポーションを飲んで、魔物寄せのポーションを併用して飲み、実体魔力で作った水流で海底に届けてパラジアを海面付近におびき寄せるって作戦だ」
話を理解した両ギルド長の顔が明るくなった。
しかし、コフィは楽観的な思考を振り払うように頭を振り、確認に入る。
「セラさん、コットグさん、錬金術師の二人には言うまでも無いことだが、魔物寄せのポーションはあくまで総称だ。パラジア寄せのポーションが存在するのかね?」
パラジアはあまり積極的に狩る対象ではない。繁殖期に群れを成すためその際には討伐が推奨されるが、魔物寄せのポーションを使うまでも無く群れを見つけて討伐戦に入る。
一から開発するなら、開発失敗に備えて海底での戦闘を行える冒険者を呼び寄せた方がいい。
コフィの心配は無用だった。
コットグがにやりと笑って手を挙げる。
「何年ヤニクで錬金術師をやってると思っているのかな? 周辺の魔物各種に対応する魔物寄せのポーションはレシピ開発済みさ」
「となれば、後は足場か。漁師ギルドから出せる船は?」
コフィの問いかけに漁師ギルド長はしばし考えた。
「四隻の小型船舶。三隻の中型船舶なら漁師ギルドの持ち分で確実に出せる。禁漁期も重なっているから、声をかければさらに集まるはずだ」
「四、三なら同行できる冒険者は十五人が限界か。アウリオ、どうだ?」
コフィがパラジアの群れを実際に見たアウリオに質問を投げる。
アウリオはすぐに首を横に振る。
「そもそも小型船舶の時点でパラジアに取りつかれると沈む。中型三隻、九人程度の冒険者だと手が足りない」
「小型船舶は海上や海面直下で戦える魔道具持ちの冒険者を乗せるだけの脚だ。戦闘前に下がらせる」
「それでも十五人だと足らないな。三十か四十人は欲しい」
倍以上の人数を提示されて、コフィが唸る。
密漁組織の摘発をしたこともあり、まだヤニクには貿易船護衛の冒険者などの海上戦に特化した冒険者が多く在籍している。戦力が整っている今のうちに手を打ちたいのだろう。
コフィは漁師ギルド長に目を向ける。
「四隻、追加で出せるか?」
「中型四隻かぁ。保険は下りるか?」
「討伐戦で使うとなれば渋られるだろうな。冒険者ギルドから補償するのも難しい額だ」
船は漁師にとっての商売道具。いくら資源保護を兼ねているとはいっても保険も補償もなしで船を出してくれというのは虫が良すぎる。
「……私に一つ、心当たりがあります」
セラがそう言うと、期待の籠った目を向けられた。この町に来たばかりの頃には絶対にありえない視線だ。
だからこそ、セラは少し心苦しく思う。
「王立騎士団がちょうど来ているので協力を頼みましょう」
「うーむ……」
コフィが腕組みして唸る。冒険者ギルドとしてはあまり頼りたくない相手だ。アウリオもあまりいい顔はしないだろうと横に立つ彼をそっと見る。
しかし、セラの予想に反してアウリオはむしろ乗り気だった。
「ギルド長、意地を張るときじゃない。協力が嫌なら利用するって思えばいいだろう。密漁組織の摘発の時だって町の防衛を任せたんだし、いまさらだ」
「作戦を共にするのとはわけが違うだろう。現場で反発しあったら取り返しがつかない」
コフィの言い分にも一理ある。
だが、セラの予想ではオースタ達は喜んで協力する。
オースタたち王立騎士団がヤニクに来たのは冒険者ギルドが戦力を集めていたこと、かねてよりコロ海藻の不足を発端にした反乱疑惑があったことが原因だ。
ここでコロ海藻の不足の原因と思われるパラジアの駆除で協力する姿勢を見せることで反乱疑惑は立ち消える。オースタたちは王都に帰って反乱疑惑は誤報だと報告することができる。
アウリオの説得を聞いても渋っていたコフィがもう一つ懸念を伝える。
「戦力としては当てにできるが、そもそも連中も船を持っていないだろう」
「おそらく、船はなくとも戦えるような魔道具持ちですよ」
反乱疑惑の追及に来たオースタたちだ。本当に冒険者ギルドが反乱を企てていた場合、海に逃げられるのを想定していないはずがない。
少なくとも追跡できるように準備をしているはずだ。
アウリオが後押しする。
「どちらにしても、声をかけて損はないだろ」
「現場で反発した人に実体魔力のポーションを飲ませることにしましょうか?」
セラにとってはまことに不本意だが、どうやら一般人は怯えるくらいに実体魔力のポーションが嫌いらしいので提案する。
瞬間、両ギルド長が震えあがった。
「う、うん、その脅しは効果的だと思うよ。私ももう渋らないから、懐に手を伸ばすのは止めてくれ」
コフィが降参する形で、王立騎士団へ協力を要請することが決まった。