第三十三話 海底の様子
海底調査の実施当日、イルルのプロデュースで選ばれた水着姿のセラは冒険者や漁師たちの視線を一身に受けた。
「意外と……?」
「白衣の堕天使が海辺の妖精くらいになってる?」
「それよりアウリオさんを見ろ。すげぇ筋肉だ!」
「ほんとだ、すげぇ!」
上に何か羽織ってくるべきだったと後悔しかけたセラの後ろから現れたアウリオが視線を集める。それはそれで複雑な気分だった。
漁師ギルド所有の高速艇に乗り込み、セラは船室の椅子に座った。
後から乗り込んできたアウリオが席に座り対面のセラに笑いかける。
「水着、似合ってるよ。普段の白衣姿を見慣れているから、新鮮すぎて憎まれ口を叩く奴らもいたけど、俺は正直に言わせてもらう。可愛いよ」
アウリオの言葉を聞き流していたセラは窓の外の海面を眺めつつ呟く。
「私も筋肉をつけるべきでしょうか」
「今のままの方がいいと思うよ?」
「筋肉の増加を促すポーション。重傷治癒ポーションの応用で――」
このままセラに考えこませるとまずいと察したアウリオが慌てて船長に声をかける。
「船を出してくれ!」
魔道具を搭載した高速艇は音もなく動き出し、みるみるうちに加速。波飛沫さえほとんど出さずに港を出た。
「さすがは漁師ギルドの秘蔵艇ですね」
魔道具だけあって後継者になれる適性持ちがいなければ死蔵されることになるが、非常に優秀な船だ。五十年近く前に作られたと聞いて船酔いを覚悟していたが、驚くほど揺れない。
筋トレを考えていたセラが仕事に思考を戻してくれたことにアウリオがほっと胸を撫で下ろす。
このまま余計なことを考えさせないよう仕事に集中してもらおうと、アウリオはセラに声をかけた。
「この速度なら目的の海域にはすぐにつく。実体魔力のポーションを出してくれるかな?」
「そうですね」
セラは促されるまま鞄の中から実体魔力のポーションを取り出し、アウリオに手渡した。
もう一本のポーションを自分で飲み干し、固定されているテーブルに資料を並べる。
「海域での目撃例、討伐例を調べておきました。パラジアをはじめ、小型から中型の魔物が多いようです」
小型といっても海の魔物の場合は陸の小型魔物の倍ほどある。大型ともなればあまりの大きさに討伐不可能とされる魔物までいるほどだ。
「戦闘は極力避けます。今回はあくまでも調査が目的ですから。……話を聞いてますか?」
アウリオが実体魔力のポーションを飲み干したせいでぐったりしている。
こくこくと頷いているがどうにも頼りない。
そうこうしているうちに目的の海域についたらしく、船長が船室を覗き込んだ。
「着きましたよ。ここに停泊しているから、危険を感じたらすぐに上がってきてください」
「ありがとうございます」
セラと同時にアウリオが席を立つ。揺れてもいないのに船酔い以上にひどい顔のアウリオに船長が敬礼した。
「アウリオさん、頑張ってください。今日だけなんですから!」
「あぁ、大丈夫だよ。命の恩人を守るためだ」
「先に行ってますね」
海中透視のポーションを飲んで、セラは海中に飛び込んだ。
海中透視のポーションはコロ海藻を基幹素材としたポーションであり、在庫はもうほとんど残っていない。今回の海底調査で発見がなければさらに厳しい状況になる。
覚悟を決めて海中を覗き込むが、海底は見えない。海中透視のポーションの効果範囲は五十メートルから百メートルほど。二百メートルの海底となると深く潜らないと無理だ。
「アウリオさん、海中呼吸のポーションを飲んでおいてください」
「もう飲んだよ。セラさんは?」
「アウリオさんがぐったりしている間に飲みました」
アウリオが申し訳なさそうな顔をして飛び込んだ。海中の索敵をしてから海面に浮上したアウリオは前髪を後ろに撫でつけながら船長に声をかける。
「付近に危険な魔物は見えないが、注意はしておいてくれ」
「承知していますよ。ご武運を」
船長に頷いたアウリオがセラを見る。
「では、行こうか」
「魔力が干渉すると危険なので少し離れてついてきてくださいね」
周囲に展開した実体魔力同士がぶつかると意図しない動きになる。地上であればあまり気にする必要はないが、海中では水流が生まれて泳ぎにくくなってしまう。
セラはアウリオの返事を待たずに海中に顔を沈め、周囲の魔力を操作して手足を動かさず滑らかに海底へ向かった。
振り返ると、アウリオが足を動かしながら泳いでくる。魔力の操作に慣れていないため、水流を作り出すのが難しいのだろう。
セラは周囲を見回した。
泳いでいる魚の種類が少ない。数もそれほど多くない気がした。事前に見た資料では、このあたりは様々な魚種が泳いでいるはずだ。しかも泳いでいる魚はほとんどが海面近くにいる。海鳥を恐れないのか、海底を恐れているのか。
徐々に海底が見えてくる。
セラはアウリオに手で合図して、潜水を中断した。
海中透視のポーションの効果範囲ギリギリに見える海底にコロ海藻の姿はない。それどころか、岩も砂も見えない。
海底には赤い絨毯を敷いたようにパラジアが群れを成していた。




