第三十二話 水着
一週間ほどの準備期間を設けてアウリオが実体魔力のポーションの味を我慢できるようになった。
準備期間中、セラも何もしなかったわけではない。
海底調査の記録を読み込んだり、漁師ギルドで話を聞いたりと忙しくしていた。アウリオが同行できなかったとしても一人で調査ができるようにとの考えだ。
冒険者ギルドと漁師ギルドもアウリオの他に実体魔力のポーションが飲める者がいないかを探し回り、近隣の村まで巻き込んで候補者を探した。
普段の海底の状況が分からずとも、魔物に襲われた際に対応できるように戦力を確保するのが目的だ。
だが、候補者は全滅。候補者として実体魔力のポーションを飲んだ冒険者と漁師はアウリオを見ると深々とお辞儀をするようになった。
セラにはお辞儀がないのも納得がいかない。感謝されたくてやっているわけではないとはいえ、もうちょっと何かあるだろうと。
そんな少し不機嫌なセラに気付いたわけでもないだろうが、イルルが研究室に訪ねてきた。
「セーラさーん、水着を買いに行きますよー」
「水着ですか?」
なんでそんなものを買いに行くのかと首を傾げるセラに、イルルは言う。
「いつもの白衣で海底調査する気ですか?」
言われてみれば白衣で潜水するのも間抜けな話だ。水を吸って重くもなる。
かといって、あまり薄着なのも魔物が跋扈する海に潜る以上、よろしくない。
「水着といっても魔物に襲われる可能性を考えると防具寄りになりますよね? 冒険者ギルドか漁師ギルドの備品を借りればいいのでは?」
「あんなお古はダメ。そもそも、男物しか備品にないもん。その備品も埃を被っていて修繕が必要なくらいだよ」
「備品ですよね?」
適切に管理するのも仕事のうちだろうとセラは思うのだが、国家予算で運営される国立錬金術師ギルド本部とは予算が違う。使わないものに予算はつかないのだ。
「港の冒険者なんて漁師の家系ばかりだし、備品を使うまでもなく自前で用意してるよ。私だって持ってるくらいだよ?」
「土地柄なんですね。ということは、イルルの伝手を使わせていただけるんですか?」
「そういうこと。もう話も付けてあるから早く、早く!」
イルルはセラが読んでいた海底地図を取り上げて研究机に置き、セラの背中を押して研究室の外に出す。
「待ってください。財布を持っていかないと」
「冒険者ギルドが出すから気にしないの。ほら行くよー」
普段よりテンションが高いイルルに連れられて向かったのは、冒険者ギルドの裏手を港へ向かう細い路地。釣具屋なども並ぶ個人商店エリアだった。
半地下ながら広い水着店は遊び用から女性冒険者、海女向けのモノまで幅広く取りそろえている。
王都にも水着を売っている店はあったが専門店でこれほどの規模は見たことがない。土地柄としても異様な品揃えだ。
「父方の親戚がやってるお店なんだ。元は魔道具師の家系だったんだけど、冒険者向けの装備を作っているうちに一般向けも売り始めてこうなったんだって。コットグさんの家の鳥模型の魔道具もここの先々代が作ったんだよ」
「あの青銅製の精巧な魔道具ですか。期待できますね」
俄然興味がわいてきて、セラは冒険者向けの防具売り場へ足を向ける。
防具といわれて想像するような鎧ではなく、薄い革製や布製だ。金属では錆びる上に沈むため役に立たないのだろう。
頭を含めて全身を覆うものもあるが、ワンピース型のモノが多い。ツーピースでも布面積は大きい場合がほとんどだ。
布や革で作られたその水着は生地の裏に魔法陣が仕込んである。魔道具の一種だろう。
「適性検査もこのお店で出来るんでしょうか?」
「できるよ」
魔道具は適性がなければ発動しない。せっかくデザインが気に入っても適性がなければ魔道具としては機能せずただの水着になってしまう。防御性能もないだろう。
商品説明を眺めていくのも面白い。水の抵抗を減らす効果や海底からの高さを自在に変えたり保つ効果、海の魔物に見つかりにくくなる効果や衝撃を受けると周辺の海水が凍って防具の代わりになる効果などなど。
店頭販売するものだけでこれほどの種類があるのなら、オーダーメイド品は複数の種類を重ね掛けしたりもできるのだろう。
商品説明の効果は原理について省いているが、製作者に話を聞いてみたいところだ。ポーションで再現できる効果があるかもしれない。
水着そのものではなく商品説明や魔法陣を熱心に見始めたセラの肩にイルルが両手を置く。
「セラ、水着を買いに来たの。わかるかな? お仕事じゃないの。わかるよね?」
「……はい」
「まったく、都会の女の子はもっとキラキラしてると思ってたよ。手がかかる妹を持った気分」
放っておくと何を選ぶかわからないからと、イルルはセラに合いそうな水着を持ってくる。
「背が小さいし童顔だしワンピースだと子供っぽいよね。海底調査は仕事なんだから頼りがいがないのも困る……」
仕事なので派手な柄物もだめだ。何より魔物の目を引いてしまう。
青寄りのグレーで探しつつ、イルルはセラの体に水着を当てては難しい顔をする。
「白衣姿を見慣れちゃってどの水着でも似合う気がしてきた……。受付のみんなを呼んで意見を聞いてみようか」
「もうこれでいいのではありませんか?」
「だめだよ!」
半日コースだな、と思いつつセラは着せ替え人形に甘んじた。




