第三話 出発
セラが隊商のいる広場に戻るとちょうどミュンリーが起きだしてきたところだった。
欠伸をしながら御者台によじ登るミュンリーがセラに気付いて自分の隣をポンポンと叩く。御者台に乗れという意味だろう。
「護衛連中との顔合わせもするから、顔が見える御者台にいてほしい」
「わかりました」
御者台によじ登る。身長が倍になったような高い視点が珍しく、セラはあたりを見回した。
幌馬車に繋がれた二頭の馬がセラを振り返る。薬草臭い客が乗ってきたと思っているのか、フンッと鼻を鳴らして二頭とも前に向き直った。
ミュンリーが御者台の座面を上げて、小さな収納スペースからサンドイッチを取り出して食べ始める。
「右の馬がポン、左の馬がパンだ」
ミュンリーの雑な紹介に抗議するわけでもなく、ポンとパンは足元の草をつまみ食いしている。
ヤニクまでの旅程を説明してもらっているうちに護衛の冒険者がぞろぞろと広場に入って来た。事前に持ち場か担当が決まっていたのか、冒険者たちは悩む様子もなくそれぞれの隊商馬車へと別れていく。
ミュンリーとセラが乗る幌馬車に向かってきたのは三人組の男だった。
全員が二十代半ばから後半。冒険者は十代から活動する場合も多く、年齢だけを見てベテランかどうかはわからない。護衛の依頼を受けられるくらいだから腕は立つのだろう。
ミュンリーが三人組に手を振る。
「よろしく。突然で悪いけど、錬金術師のセラさんが同行することになった護衛を頼むよ」
国家錬金術師と紹介しなかったのはわざとだろう。冒険者に国家資格持ちの印象は悪い。
三人組が顔を見合わせ、短弓を携えた男が最初に口を開いた。
「もともとの契約に同行者が増える可能性ありと書かれていたから追加料金はいらない。セラさん、自衛はできる?」
「不意打ちでなければ」
「了解。俺はバトゥ、こっちが相棒のベックだ」
バトゥが隣の大男、ベックを紹介する。相棒として紹介されたベックから少し離れた位置にいた青年に全員の視線が向かう。
くすんだ金髪の青い目の青年だ。冒険者にしては細身に見えるが落ち着いた佇まいで頼りがいがありそうだった。
「臨時で護衛パーティーに入った、アウリオだ。臨時パーティは何度も組んでいるから連携についても心配しなくていい」
佇まい通り頼りになりそうな発言だ。
簡単な配置を話し合い、セラはこのまま御者台に座ることが決まった。護衛対象が揃って視界に収まる方が守りやすいらしい。
隊商長のターレンが号令をかけると馬車が次々に動き出す。
セラは前を行く馬車の数を数えた後、御者台から横に乗り出すようにして後ろの馬車を数えた。隊商は全部で八台の馬車からなるようだ。
「セラさん、危ないから御者台に戻ってくれ」
馬車の横を歩いているアウリオがセラを御者台に押し戻す。
「ごめんなさい」
初めての馬車旅ではしゃぐ子供のような行動だったと反省しつつ、セラは御者台に座りなおす。
手綱を緩く持って前の馬車の動きを目で追っているミュンリーが説明してくれた。
「王都を出たばかりだから馬車の数が多いけど、途中でいくつかに分かれるんだ。ヤニクに到着するのはこの馬車を含めて三台だけだよ。……何事もなければね」
不穏な一言をつけ足して、ミュンリーが幌馬車の上を振り返った。そこには静かに周囲を警戒しているバトゥがいる。
視線に気付いたバトゥが心配するなと笑いかけてきた。
「この間、盗賊団が捕まったばかりだ。警戒はしているけど、基本的には安全な旅程だよ」
「騎士団連中が何人か取り逃がして慌ててるって話もあるがな。情けねぇ連中だよ、まったく!」
ベックが補足すると、周囲の馬車の護衛冒険者たちまでも一斉に笑い出す。
冒険者の国嫌いは筋金入りらしいと苦笑したセラは、にこりともせずに周囲の警戒を怠らないアウリオに気が付いた。
国に嫌悪感がないのか、それとも仕事熱心なのか。どちらにしても国家錬金術師のセラにとっては安心材料だ。
身分を明かさない限りは隊商の旅は快適なもので、別の行商先へ向かう馬車を時々見送りながら順調に進んでいった。
あちこちに行商していて王都の流行に詳しくないミュンリーにせがまれて世間話をしつつ、夕方ごろには目的の野営地に到着した。
研究三昧のセラの手持ちの話題が尽きてきたころだったので助かった。明日のことは考えないことにする。
森を切り開いて作られたスペースに馬車を森に対する防壁になるように停め、計五台の馬車が半円を描いて陣地を作る。
「勝手がわからないだろうから、セラはそこに座ってな。ちょろちょろ歩かれると邪魔だから」
歯に衣着せぬ物言いで釘を刺し、ミュンリーが御者台から飛び降りる。
野営用の器材でも出すのかと思いきや、ミュンリーは幌馬車の側面についた棒を地面と水平にして布をかけ、簡易のテントを作る。テントの下で幌馬車の下部にある引き出しを組み立て折り畳み式の椅子とテーブルが作られた。
「便利なギミックですね」
師匠と旅をしていた頃には行商人の馬車に乗せてもらったこともあったが、こんなギミック付きの大型馬車は初めて見た。大体は荷台に丸くなって眠るものだ。
ミュンリーは組み上げた椅子とテーブルを軽く叩いて緩んでいる場所はないかと確かめつつ得意そうに応える。
「荷台で眠れないくらい積荷を満載することもあるからね。金をかけてあるのさ」
御者台を降りて、セラは組み上げられた椅子に座る。しっかりと安定しているが、木の板そのものなので座り心地がいいとは言えない。それでも、アウリオたち冒険者が地べたに座っているのを見れば良い待遇だろう。
ただ冒険者たちも慣れているようで、地べたに座っていることに不満を言うわけでもない。
それでも、馬車に合わせて一日中歩いていたのだから疲れが溜まっているだろう。
「暇だし、ちょっと作ろうかな」
セラは護衛の冒険者たち用に疲労回復効果のある薬草茶を作るため、カバンを取り出した。