第二十九話 美味しい自白剤
コフィはセラが作った自作の自白ポーションを持って、ギルドの地下にある留置場へ戻った。
ヤニクの自警団と共有している地下留置場は換気が行き届いておらず、留置している容疑者たちの体臭が立ち込めている。要するに臭い。
容疑者たちはここから動けずに嗅覚が麻痺しているだろうが、地下に降りたばかりのコフィにはなかなか辛い環境だ。
「あいつがすんなり話せば、こんなところに来ないで済むんだが……」
密漁者の幹部は強情な男だった。元は近くの島で暮らす漁師だったらしく、頑強で強情。荒波と魔物を宿敵に漁師を続けてきた頑固者だ。鞭を打っても痛そうな顔こそするが口を開かない。むしろ、負けてなるものかと頑固振りを発揮して睨みつけてくる。
自白剤といっても、口を割りやすくするためのモノでしかないのはコフィも知っている。飲ませただけでべらべらと喋ってくれる楽な代物ではない。
だが、理性のタガを外し、話して良いことと悪いことの境界を曖昧にさせることはできる。すでに懐柔した密漁者の仲間を用意して、一芝居打つ準備もしていた。
これを飲ませて後は流れ作業のお芝居だ。
コフィは地下に降り立ち、廊下を進む。密漁組織の幹部がいる独房の前で優男が柔和な顔で話しかけていた。
「――そうだよ? 黙秘権は存在するさ。で、君が黙秘したって誰が証言するの? 俺は君が暴れに暴れて自傷行為まで始めたから仕方なく取り押さえた際に怪我をさせてしまって申し訳ないなって、俺が思い込んで語るかもしれないよ? それとも、そんなことはしないって俺を信用してくれるのかな? 嬉しいなぁ」
倫理的にアウトな揺さぶりの掛け方をしている優男、オースタにコフィは苦虫を嚙み潰したような顔をした。
ヤニク冒険者ギルドが拘留している容疑者に暴力が振るわれていたらコフィの責任問題になる。国に冒険者ギルドへの介入の口実を与えてしまうことにもなる。
「この件の捜査は冒険者ギルドが主体で行っているんだ。オースタ殿、勝手な尋問は困るよ」
「これはこれは、コフィさん。弄っていると面白い顔をするもんだからつい、意地悪しちゃいました」
オースタは子供のように屈託のない笑顔を浮かべる。先ほどまでの言動とのギャップが大きく、言い知れない怖さがあった。
独房を見ると、密漁組織の幹部は自然と引きつる顔で無表情を作ろうと苦労している。
オースタがコフィの手にあるポーションに気付く。
「それは?」
「自白剤だよ。あまり時間をかけたくなくてね」
幹部が一瞬、身体を震わせる。覚悟させるのは問題ない。むしろ、この後の一芝居の効果が増幅するだろう。
コフィはもったいぶった動きで独房に入る。
「一応、法律で定められていることがあってね。自白剤を使って引き出した証言は証拠能力を失う。きちんと伝えたよ。では、飲んでもらおうか」
幹部の目の前で自白ポーションを揺らして見せ、視線が向いた瞬間に幹部の鼻をつまみ上げる。
抵抗しようとする幹部の鼻を捩じるようにして無理やり上を向かせ、みぞおちに右膝をねじ込む。反射的に開かれた幹部の口へ自白ポーションを突っ込み、無理やり飲み切らせた。
自白ポーションが空になったのを確認して幹部を自由にする。
後は芝居を始めるだけ――そう思った瞬間だった。
「っっッッッ――」
声にならない悲鳴を上げて、幹部がのたうち回る。地面に何かを吐き出そうとしても唾一つ出てこないことに絶望し、泥まみれの汚い床を必死に舐める奇行に走った。
常軌を逸した反応に、コフィとオースタはドン引きする。
コフィは震える手で自分が持つ空っぽのポーションを見た。自白ポーションとして渡されたもののはずだ。
幹部が泥と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げ、涙を流しながらコフィの足に縋りつく。
「あァあいう」
何かを訴えかけようとしている。だが、完全に舌が回っていない。言葉になっていないのは幹部自身も理解したのだろう、口に手を突っ込んで吐き出そうとしている。
唖然としていたオースタがコフィの肩をつかんだ。
「そのポーションはセラさんが作ったオリジナルですか?」
「そ、そうだ。セラさんに聞けば何かわかるかもしれない」
体質的に合わないポーションもあると言っていた。テストの結果は問題なかったが、コフィのテストのやり方が悪かった可能性もある。
コフィが慌ててセラのもとへ駆け出そうとするのを、オースタは止めた。
「なら問題ありません。命に関わりはしませんよ」
「いや、しかしこの反応は明らかにおかしい」
コフィは幹部を指さす。
幹部は絶望のあまり虚ろな目をして、犬のように舌を突き出して天井を仰いでいる。
オースタが幹部に同情的な視線を向けた。
「死ぬほど不味いだけで効果は確かです。王立騎士団を半壊させた激マズの錬金術師は健在ですね」
一触即発の睨み合いになった際、セラが身分を明かした途端に騎士たちが怯んだのをコフィは思い出す。
しかし、説明会まで開いた代替ポーションでは不味いなどという苦情は来ていない。
オースタが首を横に振る。
「既存レシピやちょっとしたアレンジなら問題ないんですよ。完全オリジナルがダメなんです。噂では、セラさんのオリジナルポーションの味を調整する部署があるなんて言われるくらいに効果は確かなのに誰も飲めないほど不味いんです」
「恐ろしいな。ところで、もう一本用意してもらっているんだが、飲むか喋るか選んでもらおうか?」
二択を迫った瞬間、幹部は必死に口を指さす。
「しゃべるんだな?」
あれほど強情だったのが信じられないほど、幹部は首がもげるのではないかと心配になるくらい何度もうなずいた。
コフィはセラが持ってきた紹介状にあった文を思い出す。
『服用者と直接触れ合う経験をさせたい』
なるほど、と納得する。
コフィは独房を出て、収監中の密漁者を指折り数えた。
「まぁ、何人か壊れても問題ないな」
呟きが聞こえたか、幹部が青い顔でコフィを見る。
コフィはにこやかに幹部を振り返り、宣告する。
「コロ海藻が不足して、作れなくなっているポーションをセラさんに新規開発してもらっているんだ。ぜひ、味わっていってくれ」




