第二十五話 来ちゃった
身辺に注意してくれと言われても外出を控えるくらいでセラの生活はあまり変わらなかった。
目に見える変化といえば、護衛のアウリオが研究室に常駐するようになったことくらいだ。
そして、セラはアウリオをあまり視界に入れていなかった。
「……ダメですね」
チェックリストに印をつけて、セラは机に頬杖を突く。
説明会の成功でヤニクの薬草店で買い物ができるようになり、錬金術師との交流も増え、コフィの許可を得たことでギルドの素材庫へ入ることができるようになった。
おかげで欲しい素材はほとんど手に入る。試薬もそうだ。
海水や井戸水の水質検査も詳細に分析できるようになり、漁師ギルドの協力を得て生物の解剖を行い海中の様子もおぼろげながら見えてきた。
それでも、コロ海藻不足の原因が掴めない。
見かねたアウリオが声をかける。
「密漁が原因なんだろう?」
「原因の一端だとは思います」
セラも、コロ海藻の密漁はあると思っている。ギルド長であるコフィが戦力を集めているのだから、密漁組織の存在は確定しているとみていい。
ただ、セラは密漁が根本原因だとは到底思えない。
「宝石には価値があります。では、宝石がありふれた世界なら、それに価値を認められますか?」
「それは、より質のいい宝石を求めて――あ、コロ海藻に質も何もないか」
「厳密には質の良し悪しはありますけど、ありふれているものに希少価値はありません。密漁するなら、最初から希少価値があるものを狙います」
冒険者ギルドが密漁者の摘発を行うのは正しい。だが、密猟者を摘発してもコロ海藻の不足は解決しない。
なぜなら、密漁はコロ海藻が不足して希少価値が高まらないと商売として成立しないからだ。
「コロ海藻は海で使用するポーションの基幹素材です。コロ海藻なしにはポーションが作れないとされるほどに」
セラの知識を総動員しても代替できていないポーションがいくつかあるほどに、コロ海藻は重要な素材の一つだ。
「馬車の車輪みたいなものです。それがなければ完成しない。だから誰もが求めている」
セラは回転椅子を回してアウリオを振り返る。
「私たち錬金術師は、長い歴史を通じて誰にでもポーションを供給できるように素材を厳選し、調合方法を簡略化してきました」
自分が錬金術師全体を主語に置くことに引け目を感じる。それでも、セラは錬金術師の歴史に敬意を払い、続けた。
「コロ海藻は錬金術師が見つけ出した普遍的な素材です。どこでも手に入る。鮮度も保ちやすい。しかも、様々なポーションに使用できる。繁殖力も高く、一年を通して供給可能。とても重要で、しかし重視しなくても供給が途絶えないと信じられる素材なんです」
いつでも手に入るからこそ、失ってからその重みに気付く。
失われた今、ヤニクの錬金術師は必死に代用できる素材を探している。国家錬金術師の資格を持つセラですら、実験を繰り返す日々だ。
「密漁が主原因で枯渇する程度の素材ではないんですよ」
人の手で刈りつくせる海藻ではないからこそ、コロ海藻は基幹素材になっている。
「因果関係が逆ってことか。密漁で枯渇したんじゃなく、枯渇したから密漁が始まった」
「その通りです。とはいえ、密漁を放置していいわけでもありません」
ただでさえ枯渇しているコロ海藻が本当に全滅しようものなら目も当てられない事態になる。だが、密漁者の摘発はあくまでギルドのお仕事で、セラは関わっても邪魔になるだけだ。
だからセラはコロ海藻不足の原因を探しているが、海水を調べても、生物を調べても、分からない。
「もう、海中に潜って目視で調べる以外にないと思います」
コロ海藻が近海からどの程度まで獲り尽くされているのか。もしくは網にもかからないようなコロ海藻の捕食者がいるのか。またはコロ海藻が生えるための海底になにか異変が起きたのか。
目視で得られる情報は多い。問題は海に潜るのが難しいことだ。
パラジアの生き残りがまだ近海にいるだろうし、他の魔物もいる。人間が素潜りすれば魔物の餌にしかならない。
アウリオがポーションの素材棚を眺めながら質問する。
「海中呼吸のポーションと海中透視のポーションだけじゃダメってことか? 泳ぎが速くなるポーションとか?」
「多少泳ぎが速くなっても海の魔物に追いつかれます。魔物除けも効果が薄いですし」
解決策がないわけでもないが、すぐには無理だ。
セラは実験机の上で行っていた反応の結果が出たのを見て作業に戻る。
「そういえば、漁師ギルドの方を冒険者ギルド内で見かけましたけど、何か知っていますか?」
「密漁者の摘発の時に漁師ギルドに船を出してもらうらしい」
アウリオは答えながら小さく笑う。
「ヤニクの冒険者っていうのは漁師の子供が多いんだってさ。息子が船乗りを継がなくてへそを曲げている漁師も多い。漁師たちは頑固だから息子が頭を下げてこないと冒険者ギルドと共闘なんてしないなんて言うし、冒険者は頭を下げるくらいならこんな町出て行ってやるなんて言うからこじれにこじれてるんだと」
密猟者の取り締まりの方が重要なのに、なぜ親子喧嘩が始まるのかセラには全くわからない。
「親子って面倒臭いんですね」
「そうみたいだな」
あくまでも他人事として捉えた感想を互いに言って、アウリオは思い出したように話す。
「漁師と冒険者が揃って海に出ることになるから、ヤニクの防衛をどうするかでギルド長が頭を悩ませてる」
「コフィさんが?」
戦力を集めていたくらいだから、摘発と町の防衛で割り振れるくらいの人数をそろえていると思っていた。
おそらく、あまり冒険者を集めすぎると密漁者が警戒して姿をくらませると考えたのだろう。
大変だなぁ、とコフィに同情するセラは失念していた。
冒険者ギルドが戦力を集めると警戒する存在は密漁者だけではないことを。
――翌日、ヤニクに王立騎士団がやってきた。




