第二十四話 待遇改善
事態が収拾したのは夕暮れごろだった。
後から到着した錬金術師や医師と共に怪我人の治療にあたり、襲われていた大型船の乗組員も含めて応急処置が完了するとセラの仕事はなくなった。
残りは設備が整った病院での治療になる。幸い死者はいないが、重傷者は多数出る大事件となった。
そんな大事件に巻き込まれた以上、冒険者ギルドに出向しているセラには報告義務が生じる。
「――と、おおまかに説明するとこんな事件でした」
アウリオの補足が必要ないほど簡潔かつ丁寧に報告して、セラは茶菓子に手を伸ばす。
冒険者ギルドのギルド長室。来客用の質のいいソファと同じく質のいい茶菓子で出迎えられたセラは説明を聞き終えたギルド長コフィを見る。
眉間のしわを揉みながら項垂れていたコフィは小さく唸っていた。
「怪我がないようでなによりだよ……」
絞り出すように言って、コフィは紅茶を一気に煽った。わざと濃く淹れたらしい紅茶は見るからに渋そうだったが、おかげで頭はすっきりしたらしい。
コフィは真剣な目でセラを見つめる。
「まず、午前の説明会は見事だった。おつかれさま。町の錬金術師からも感謝の言葉があった。それから、コロ海藻不足を解消するための代替ポーション開発に協力したいとの申し出もあった」
明日にでも申し出てくれた錬金術師の工房を回ってくると良いと、コフィは簡単な地図を渡してくれた。例によってイルルを案内役に抜擢してあるらしい。
「イルルにも日常業務があるのに、申し訳ないですね」
「彼女の業務の一つだ。問題ない」
紅茶のカップをテーブルに戻したコフィは話を続ける。
「港でのパラジアの件だが、おって漁師ギルドから感謝状が来るかもしれない。正直なところ、セラさんがいてくれてよかった」
コフィは一瞬、意味深にアウリオへと視線を移したが、すぐにセラに向き直った。
言いにくそうに頭を掻いたコフィは意を決した様子でセラに問いかける。
「なんであんたみたいな凄腕が左遷されたんだ? 錬金術師ギルド本部ってのはバカしか出世できない仕組みなのか?」
コフィに同感なのか、アウリオが隣で大きく頷いた。一応、アウリオには話したはずだけど、と内心首を傾げながらセラは答える。
「研究バカだった私がギルド内政治に興味を示さなかったからですね」
「まぁ、そんなところだろうとは思ったよ。常に無表情だから人付き合いも苦手だろう」
コフィは錬金術師ギルド本部への呆れのため息をこぼしながらも納得したらしい。
広い知識と確かな技術を見せつけたセラは明らかに年齢にそぐわない凄腕だ。それだけの腕を身に着けるなら研究三昧にもなる。
実際のところ、左遷人事だが冒険者ギルドの反乱疑惑を調査する目的もあるとはさすがに言えない。
コフィは席を立ち、執務机の引き出しを開けて数枚の紙と鍵を取り出した。
「今日の説明会の成果をもって、ギルドの素材庫への立ち入りを許可する。セラさんはギルド職員ではないので、一応は職員立会いのもとという条件を付けさせてもらう。イルル君に頼むといい。鍵も渡しておく」
渡されたのは素材庫の鍵と立ち入り許可証、そして持ち出した素材を記録するメモ書きだった。持ち出す素材をどう使用するのかも含めて書き込む必要があるようだ。
錬金術師ギルド本部よりは管理が緩い。猛毒までそろう錬金術師ギルド本部とは保管している素材の質が違うので当然だ。
コフィは続けて業務命令として聞いてほしいと前置きして話し出す。
「セラさんが購入している代替ポーションの開発素材についてもギルドが資金を出そう。軽症用や重傷用のポーションは間に合ってる。ただ、海の魔物の毒に対するポーション各種は基幹素材が足りていない。代用品のレシピに期待している」
「おやつ代は含まれますか?」
「おやつ代?」
「なんでもありません」
含まれるわけないだろ、という顔をしていたのでセラはすっとぼける。後で買ったものからおやつ用の薬草などを分ける仕事が増えてしまった。
おやつ代について突っ込まれる前に、セラは質問する。
「基幹素材はコロ海藻ですよね? 足りていない理由は以前から調べていますがギルドの見解も知りたいです」
説明会の迅速な開催といい、ギルドはコロ海藻不足を重く見ている。何らかの調査はしているはずだ。
セラは錬金術師としての知識で原因を探しているがいまだに目立った成果はない。地元に根差しているギルドであれば海の些細な変化から読み取れる情報もあるだろう。
そう思っての質問だったが、返ってきたのは意外な言葉だった。
「おそらく密漁だ」
密漁、可能性は少し考えていたものの、難易度がかなり高い。
冒険者ギルドはともかく、漁師の目がある中で近海でのコロ海藻密漁は発見されやすい。ならば外海に出ればいいと思うだろうが、冒険者なしでは魔物に襲われればひとたまりもない。
相応の武装組織、それも自力で船を調達できる海賊でもなければ密漁は無理だ。
「商隊や貿易船護衛の冒険者が集まっているのって、密猟者を摘発するために戦力を集めているからですか?」
一時的に受付が混雑して昼休憩中のイルルを呼び出しに行ったことを思い出しながら、セラは問う。
コフィは静かに頷いた。
「察しがいいね。ちなみに、代替ポーションの開発でコロ海藻不足を解消しようとしたセラ君は密漁者に狙われかねない。だから、アウリオを護衛につける」
「説明会が終わっても護衛としてついてきていたのはそれが理由でしたか。おかしいと思っていたんですよ」
「うん? 説明会後の護衛に関しては、情報が出回る明日からの予定だったはずだが?」
コフィが疑問を口にするも、結果的に港での騒動でアウリオがセラの護衛をしてくれたのだからいいかと深くは聞かなかった。
「冒険者ギルドはこれから密漁者の摘発へ動く。説明会に加えて港でのセラ君の活躍も広く知られるようになるだろうから、身辺に気を付けてくれ」




