第二十二話 赤玉ヒレナガ鮫は語る
ヤニクの港に隣接する食堂で日替わりおすすめメニューの海鮮サンドイッチを待ちながら、セラは対面に座っているアウリオに呆れる。
「お昼が食べたいならそう言ってくれればよかったんですよ?」
「俺みたいな根無し草からすると、組織に属して仕事をしている人の邪魔をするのは気が引けるんだ」
確かに勤め人は休みたいときに休めるとは限らない。
ただ、セラは良くも悪くもギルドの職員ではないのでほぼ自由裁量が許されている。
「仮に気が引けるとしても、私を置いて食べに行くことはできましたよ。護衛のお仕事は説明会の終了と同時に終わっているわけですから」
「……そうじゃないんだけどね?」
逆に呆れられて、セラは問いただそうとするが、店員が持ってきてくれた海鮮サンドイッチへの興味の方が勝った。
白身魚と葉物野菜がサンドされたシンプルな見た目ながら、白身魚は香草と共に柔らかく焼き上げて脂を落としている。食欲をそそる素晴らしい香りだ。付け合わせに出された果物主体のフルーツサラダも色味豊かで可愛らしい。
「船乗り客を考慮して栄養を考えていますね。男性ならこれに別のお魚も食べられるでしょうし……見事です」
感心するほど客に合わせた献立だ。筋骨隆々の船乗りたちとヤニクで働く町娘が混在する客層を不思議に思っていたが、こうしてメニューを見直せば配慮が行き届いているのがわかる。
「なるほど。アウリオさんは私と一緒にお昼を食べたかったんですね」
「あ、わかってくれた?」
「えぇ。こんなお店を見つけたら人に紹介したくなる気持ちはわかります」
「……そうだね」
アウリオが項垂れて、もそもそとサンドイッチを食べ始める。
気に入ったお店でも日替わりメニューだと苦手なものが出てくることもあるのかと、セラはアウリオに同情した。
セラは食べ物の好き嫌いが特にないのもあって、普通にサンドイッチを美味しくいただく。
一口が大きいのか、先に食べ終えたアウリオが質問する。
「他にも買い物があるのか?」
ギルドを出てからここまで、あちこちを回って買い物をしてきたためすでに大荷物になっている。セラだけではここまで買いこまないが、荷物持ちをしてくれるアウリオに甘えて荷物が増えてしまった。
これは薬草茶以外にもお礼をしないといけないな、と思いつつ、セラはアウリオに質問に頷く。
「ごめんなさい。まだ大物がありまして」
「いいよ。この際だから必要なものを買いそろえてしまえばいい。ちなみに、何を買うんだ?」
「赤玉ヒレナガ鮫って知ってますか?」
アウリオが一瞬考えた後、自信なさそうに答える。
「深海鮫の?」
「それです」
二メートル以上になる深海鮫で食用ではない。毒はないが臭くて不味い。漁師も間違って網にかかったら即座に捨てる。
「魚屋さんの伝手をたよってお願いしていたんですが、今朝、水揚げされたとの知らせがありました」
「ポーションの材料になるのか?」
「いいえ。ただ、確かめたいことがあるので。後は現地でお話ししましょう」
セラは話を打ち切ってサンドイッチを食べ終え、席を立った。
※
臭いが移ったら困るとのことで、赤玉ヒレナガ鮫は漁港の端も端、屋根すらないほとんど岸のようなところに放り出されていた。
網で獲ってきたという漁師がセラを見て心配そうな顔をする。
「間違っても食べるなよ? ニンニクより酷い体臭になるからな? 絶対だぞ?」
「食べませんよ。これ、マスクと謝礼です」
セラが財布を取り出すと、漁師はさっとマスクだけ受け取った。
「こいつで金はもらえないって。でも、何をするかは気になるから見ていていいか?」
プロなりに思うところがあるのだろうと、セラは財布をひっこめた。
「どうぞ」
アウリオにもマスクを渡す。
「助かる。というか、いまの財布ってセラさんのだよね? ギルドの資金と混ざらない?」
「私の業務はポーション在庫の管理と維持なので、研究開発費は出ないんですよ。冒険者ギルドじゃなくて錬金術師ギルドでやるお話ですから当然ですけどね。なので、そこの素材費用も併せて自分で出しています」
「冷遇されてるな……」
アウリオがギルドの方角をちらりと見て不満そうに言う。
セラとしては、業務時間内なのにこの活動が黙認されている時点で冷遇とも少し違う気がする。単に放任されているだけだ。
今日の説明会で町の錬金術師との関係が改善したので、その放任もいつまで続くか分からない。
セラはマスクと手袋をつけて、赤玉ヒレナガ鮫に向き合う。
それなりに成長しているが若い個体だ。手早く済ませれば服に臭いが付く前に終わるだろう。
アウリオと漁師が見守る中、セラは鮫の尾びれを確認する。
「やっぱり、きちんと赤玉がありますね」
長い尾びれに赤い斑点が五つ。それを確認して、セラは鮫の腹を裂きにかかる。
アウリオが質問した。
「赤玉ヒレナガ鮫っていうくらいだし、そりゃあ斑点があるもんだろ? それで何かわかるのか?」
質問に答えたのは漁師の方だった。
「あの鮫は背中の赤い斑点は必ず出るが、尾びれは栄養状態がよくないと出ないんだ。それも、エビやカニを食べていないと出てこない。そのお嬢ちゃんが確認したのはコロ海藻絡みってことだな」
「エビもカニもコロ海藻じゃないだろ?」
「生態系だ。コロ海藻があればコロスミエビを始めとした小さなエビやカニが繁殖する。あの鮫の尾びれに赤い斑点があるなら、深海のコロ海藻は無事かもしれない」
漁師の説明に納得したアウリオが「へぇー」と感心した様子でうなる。
セラは鮫の内臓を取り出し、胃を見つけ出した。
「かなり臭いので覚悟してください」
先に二人に注意してから、セラは息を止めて鮫の胃を割った。
鋭い強烈な異臭に涙がにじむが、セラは手を止めず胃の中身を取り出す。
「これは……」
胃から出てきたのは甲殻類の鋏だった。鮮やかな紅色をしたそれはセラの広げた手とほぼ同じ大きさ。
セラは記憶をあたるが、知っている限りこの鋏の大きさを持つ甲殻類はいない。
「……多分、それはパラジアの鋏だ」
セラ同様に鋏の持主を考えていたらしいアウリオが指摘すると、漁師も気付いたのか「それだ」とつぶやいた。
「パラジア、とは?」
「ヤドカリみたいな魔物だ。普通、動物は魔物から逃げ回るもんだが、よほど空腹だったか、パラジアが弱っていたか。どちらかだな」
「魔物はあまり詳しくないんです。後でギルドの資料を見せてもらいます」
水魔法を使って鮫とパラジアの鋏を海へと洗い流す。
マスクと手袋も紙に包んでから持ってきた袋に入れて臭いが漏れないようにした。これから海岸に行って焼却処分だ。
「お二人のマスクも燃やしてしまうので、海岸まで――」
セラが片づけを終えて振り返った時、アウリオと漁師は海の向こうに目を凝らして険しい顔をしていた。
セラが視線を追うと、ヤニクへ入港しに来たらしい大型船が海に浮かんでいる。
「救難の旗が出てる?」
漁師が港へ駆け出した。すでに冒険者や漁師を乗せた船が多数、港から救助に向かっていた。




