第二十一話 説明会を終えて
「――これにて、説明会を終わります。お疲れさまでした」
大きな混乱もなく説明会を終えて、セラはいくらか緩和した視線を浴びながらギルドホールを後にする。
護衛役として音もなくついていくアウリオにいまさら気付いた冒険者たちが驚いていた。
本来はギルドの職員でなければ入ることができない通路に入り、セラはようやく肩の力を抜いた。
「緊張しました」
「表情が全く変わっていないから大したもんだと感心していたんだけどな」
アウリオが小さく笑って背後を確認する。
「見事なもんだよ。調合の手際がいいのが素人目にもわかる。出席していた錬金術師も驚くくらいに」
「アウリオさんこそ、完璧な隠密でした。護衛がいると『自分たちを信用していないのか!』って怒る人がいるかもと配慮してくれたんですよね?」
「それもあるけど、冒険者が相手だから死角を突いてくるかもしれない。護衛がいると知られない方がかえって守りやすい状況だったんだ」
商隊などはあえて護衛がいるとアピールすることで身を守るが、場合によって使い分けているらしい。
「冒険者の方々の反応はどうでしたか? 私は説明会の方に集中していて目を配れなくて……」
「やや好感触というところだと思う。言葉を選ばずに言うと、左遷されてきたという肩書きがかなり足を引っ張ってしまって、色眼鏡なしには見れなくなっているんだろうね」
だが、アウリオ曰く、今日居合わせた冒険者の口コミが広まればいわれのない悪評は緩和するらしい。
「数日の辛抱だよ。町の錬金術師が感心するほどの実力を見せたんだから」
「それなら、ひとまず成功ですね」
アウリオがセラの顔を覗き込む。
「俺も改めて不思議に思ったけど、その腕で何故左遷されたんだ?」
「ギルド内政治と距離を置いていたので、追い出したところでどこからも反発がなかったからですね」
「組織に所属するとそういうところが大変だな……」
根なし草の冒険者にも思うところはあるのか、アウリオはどこか遠い目をした。
セラは廊下の奥に見えてきた自室兼研究室の扉を指さす。
「折角ですし、約束していた薬草茶を淹れましょう。報告書も書かないといけないので、アウリオさんの視点があると助かります」
冒険者ギルドの資金を投じて行われた説明会なので報告書の提出義務がある。ギルド長がその場にいたのに誰に報告するというのか。
面倒臭い。そんなことを考えて研究室に引きこもったから左遷されたと分かっているので面倒臭いなりに書くしかない。
でも、研究室に一人で籠って書こうとすると途中で放り出してポーションの研究を絶対に始める。自分はそういう人間だとセラは理解していた。
セラがさっさと研究室の扉を開けて入ってしまうと、アウリオは少し遠慮がちに部屋へ足を踏み入れた。
「研究室っていうと、下手に触ると危ないんじゃないのか?」
「触ると危ないものを放置したりしませんよ。暴れるなら別ですけど」
「暴れないって」
荷物のせいで狭い部屋だが、収納スペースは確保してある。薬品も素材もきちんと収納済みだ。
セラは薬草茶を淹れながらソファを手で示した。
「そこに掛けてください」
「窓を開けてもいいかな?」
「あ、薬草臭いですよね。どうぞ」
「別に臭くはないよ。説明会参加者の反応を上から見るのも一興だろうと思ってね」
アウリオは悪戯っぽく笑って窓を開け、下の道路を見下ろす。
素材の分布地などの資料を見せてもらっていたのか、錬金術師たちがちょうど外を歩いているらしい。話し声がかすかに聞こえてくる。
セラは遠心分離器に魔力を注ぎつつ耳を澄ませた。
「国立錬金術師ギルド本部から左遷されて来たって話だったのに、受け答えもしっかりしていて説明もわかりやすい。なんで左遷なんてされたんだ?」
「あの腕でも左遷されるほど、ギルド本部の錬金術師は化け物揃いか、別の理由か」
「あの子、臭いだけでカブラズの粉末を言い当てるからね。単なる知識で終わらず経験を積んでるよ」
最後の話し声はコットグだろう。口コミを広めてくれている。
参加者は錬金術師も薬草店も、セラの実力を認めている。
確かな手応えを感じて、セラは薬草茶をアウリオに差し出した。
「改めて、お疲れ様です」
「あぁ、お疲れ様。――美味っ!?」
驚いてコップを見つめるアウリオの横でテーブルに向かい、報告書を準備する。
大事そうにちびちびと薬草茶を飲み始めるアウリオが窓の外から視線を外してセラを見た。
「凄腕錬金術師さん、今後のご予定は?」
報告書の話をしているわけではないだろう。
セラはペンを取りつつ答える。
「コロ海藻不足の原因究明。それと代替できていないポーションの開発ですね」
「あぁ、いや……仕事熱心だね。俺が悪かった」
「なんですか?」
何かを言いかけてやめたような間を感じて、セラはアウリオを見る。
港町らしい明るい日差しに照らされた外を見ていたアウリオは苦笑しながら首を横に振る。
「なんでもないよ。素材の買い出しでもあるなら、荷物持ちでも護衛でも、付き合うよ」
「ちょうどお昼時でどこも混んでいるでしょうから、後でいいですよ」
昼食を食べなくても死ぬわけではないし、とセラは報告書を書き始めた。