第二十話 代替ポーション
ヤニク冒険者ギルドホールの一角にテーブルや椅子が集められていた。
何が始まるのかと気にしながらも受付カウンターに並ぶ冒険者たちは、集まってくる町の錬金術師の姿を見て顔を見合わせる。
テーブルの上に人数分の調合器具があるのを見つけた目ざとい冒険者が何人か、調合の実演でもするのかと興味本位にカウンター列を外れて見物に回った。
ギルド長コフィが時間を確認して錬金術師たちを見回す。
「それではこれより、コロ海藻不足の緩和を目指した代替ポーションについての説明を始めます。説明は国家錬金術師セラさんにお願いします」
コフィに紹介されて、セラは一歩前に出る。途端にあまり好意的とは言えない視線が突き刺さった。
ヤニクや周辺の村に在住する十人の錬金術師のうち、参加してくれたのは六人。薬草店の店主なども来ているので席は七割ほど埋まっている。
セラに好意的な視線はコットグや薬草店の店主くらいだ。完全なアウェーだが、予想していたことなので特に怯むこともない。
「注意事項を説明し、後ほどポーションを調合していきます。本日、紹介するのは海中呼吸のポーション、浮力のポーション、碇のポーションです」
野次馬の冒険者にも聞こえるように少し声を大きくしつつ、調合済みの代替ポーションを並べていく。
従来のモノとは色合いが異なることは一目でわかる。冒険者には色が違うことだけ知ってもらえればいい。
「素材の一部を変えるのではなく、製法が完全に異なります。元々は内陸の河川で使用されていたポーションであり、淡水域でしか効果を発揮しないものを海で使えるように調整したものです」
よって、淡水域では効果を発揮しない。従来ヤニクで使用されていたポーションと同じだ。
セラは素材を並べていく。
木の実のカブラズの粉末をはじめ、見慣れない素材に錬金術師たちの表情が曇る中、薬草店の店主が挙手して質問した。
「少しいいかね? 素材の紹介に入る前に、安定して供給可能なのかを知りたい。ものによってはギルドの専売に近い形になるかも合わせてだ」
素材を売る薬草店からすれば、新規の素材はその良し悪しも含めて慎重に見極める必要がある。
需要があっても取り寄せに時間や費用が掛かってしまっては一般で売るのが難しい。各地と連携する広い流通網を持つ冒険者ギルドが素材を独占してしまったら、薬草店は商売あがったりだ。
当然の心配なので、セラはまっすぐに答える。
「これらの素材は適切に管理すれば一年は品質を保てます。また、この粉末はカブラズという木の実の粉末ですが、もともと救貧作物として農村部で植樹されてきたもので内陸では安定して採取されています。ギルド長、地図をお願いします」
セラが声をかけると、コフィが地図を広げた。ヤニクと付近の村の地図だ。
「各素材が採取可能な地域を色分けした簡易の地図です。詳しい分布などはギルド長に資料を渡してあるので必要な方はご覧になってください」
「色数と素材の数が合っていないが?」
「ここに記載されていない素材はヤニクで採取可能です。例えば、この紫がかった液体ですが、とあるフジツボの煮汁を濃縮したものです」
他にもカニの爪など港町であれば不自由しないはずの素材ばかりだ。事実、今日の魚市場でも十分な量があるのをセラは見てきた。
だがそれはあくまでも、平時の港町ならば、という条件だ。
案の定、薬草店の店主が突っ込んだ質問をした。
「コロ海藻不足の原因がわからんのだ。生態系異常が原因だとすれば、これらの素材もまた不足しかねない。あくまでも間に合わせと考えていいのか?」
セラはこの質問が欲しかった。
さりげなくコフィの反応を見る。
コフィはコロ海藻不足を認識し、代替ポーションに興味を示し、迅速に今回の説明会を開催した。強い問題意識を持っているのは間違いないし、仕事もできる人間だ。
もし、解決について動いているのならばこの場で発表するはず。
コフィは動かなかった。
ギルドとして解決に動いていないのか。もしくは、秘密裏に動いているのか。
セラはコフィが動かないとみて、質問に回答する。
「ご指摘通り、間に合わせと考えてください。碇のポーションを除く二種類に関しては本日紹介するポーションのレシピをもってしても代替素材がありません」
「碇のポーションはさらに代替素材があるのか?」
「副作用はそのまま、内陸部の素材で代替が可能です。今、味の調整をしているので発表はしばらくお待ちください」
あの味のままだと渋辛くて口がきゅっとなるうえに行き場のなくなった舌のヒリヒリが収まらない。
薬草店の店主はひとまず納得した様子で質問を終えた。
素材に関する質問はもう出てこないようなので、セラは実際のポーション調合実習に入る。
「注意事項は共通しているので碇のポーションを調合していきます」
今回は有名な調合水を使用しない。そのため、素材が溶けにくい。
セラは溶かすコツを説明するために二つの素材を目線の高さに掲げた。
「まずはカブラズの粉末の処理から。こちらは椿油に混ぜ、海塩を加えて沈殿させます。この処理をしておくことで溶けやすくなりますが、日光に当てたり乾燥させてしまうと薬効が抜けるので注意してください」
この処理をしたうえで流通していれば楽なのだが、粉状なら保存がきく上に軽いので流通するのは粉状のモノばかりだ。処理はまず間違いなく錬金術師がやることになる。
椿油を濾して得た沈殿物をフジツボの煮汁に加えてかき混ぜる。すんなりと溶けていくカブラズの粉末を見てコットグが感心していた。
「次のこちらのコケと何でもいいので海魚の骨の粉末を加えます。順番はどちらが先でも構いません」
手早く混ぜ合わせると紫色だった煮汁が白濁し、混ぜ合わせるうちに濁りが晴れて透明感を増していく。
安置しても濁りが現れなければ完全に溶け切った証拠だ。
「昔はこれで完成とされましたが、このまま長期服用すると副作用で死亡するので次の処理を必ずしてください」
ここが一番の注意事項だ。
セラは柑橘系の果物を数種類、テーブルに並べる。
「この中のどれでも構いません。果汁を絞って入れてください。重ねて言いますが、この処理は必ず行ってください。これをしなければ、黒石病を患って死亡します」
セラがレモンの果汁を加えると、透明だった液体がみるみる黒く染まっていく。実際にはビーカーの壁面に黒い物質が精製されているだけだ。
胃酸でも同じことが起きる。
この未完成品を長期間服用した船乗りや釣り人は胃酸の分泌ができなくなり、腸にも異常をきたして様々な合併症を患って死ぬことになる。
セラはしばらくビーカー内をかき混ぜてから、慎重に別のビーカーへと中身を移す。
別のビーカーに注がれたのは透明感のある青い液体だった。
「これで本当に完成です。念のために二回から三回、柑橘系の果物の果汁を加える操作をしてください」
質問はないかと錬金術師たちを見回す。
質問は出てこないようなので、セラは次のポーションの調合法を説明し始めた。




