第二話 薬草店
「ヤニクか。遠すぎて乗合馬車も出てないよ。どっかの隊商にでもお邪魔したらどうだ?」
王都の乗合馬車で御者に尋ねると返ってきたのはそんな答えだった。
王国の南部にある港町がヤニクだ。馬車で数日の距離で海産物を運ぶ隊商なら定期的に行き来している。しかし、旅人を乗せる乗合馬車となると採算が取れない。そんな町らしい。
セラは商会が立ち並ぶ王都の西大通りを少しそれた広場へ向かう。
元は各地からやってくる隊商が道で渋滞を起こすのを防止するために作られた隊商馬車の待機所のような広場だったらしい。しかし、現在では長旅をしてきた隊商の欲求不満を目当てに屋台が立ち並び、美味しそうな香りが立ち上っている。
海産物を乗せている馬車はないかなと、セラは停まっている馬車の荷台を覗き見ながら歩いていく。
ちょろちょろと歩き回るセラは目立っていたらしく、見かねた行商人が声をかけてきた。
「お嬢さん、誰かお探しですか?」
物腰柔らかく聞いてくる行商人に、セラはなおも荷台を覗き込みながら答える。
「ヤニクに行く用事ができたので、隊商にお邪魔させてもらえないかなと」
「お嬢さんお一人で?」
行商人が少し不思議そうな顔をする。有名な観光地でもないヤニクに行く理由がわからないのだろう。家出か何かの訳ありなら案内するのもリスクがある。
行商人の反応で察したセラは表向きの理由を口にした。
「国立錬金術師ギルドからヤニク冒険者ギルドに出向することになったんです」
「国の機関から?」
ますます怪しまれた。
無理もない話だ。セラだって左遷かと思ったのだから。
セラが国家錬金術師の身分証をポケットから取り出すと、ようやく信じてもらえた。代わりに同情的な視線をもらう。
「大変だね。まぁ、ヤニクは悪いところじゃないよ。食べ物は美味しいし」
慰めるように言って、行商人は広場の奥を指さした。
「ヤニクに行く隊商ならちょうど今日の午後に出発するはずだよ。ターレンっていう隊商長がいるから声をかけるといい。日焼けした赤髪の男だ」
良い旅を、と言い残して去っていく行商人に礼を言って、セラはターレンという隊商長を探す。
ターレンはすぐに見つかった。隊商を構成する他の商人と何やら打ち合わせをしていたターレンの手が空くのを待ってから声をかける。
「すみません。ヤニクに行く隊商があると聞いてきたのですが、同乗させてもらえませんか?」
最初から国家錬金術師の身分証を提示して頼むと、ターレンは一瞬渋い顔をした。
表情も武器の一つの商人が見せたのだから意味があるのだろう。断りたいという本音を透かして見せている。
「荷物をいろいろ積んでいてね。旅人を乗せる余裕は作れないよ」
「隊商なら護衛を雇いますよね?」
「もう雇っているよ。それに、お嬢ちゃんが護衛仕事なんて務まらないだろう?」
「護衛を雇うことならできますよ」
用意していた謝礼金とは別に銀貨を四枚取り出すと、ターレンは笑みを浮かべた。
「話の分かるお嬢さんだ。謝礼の方は乗せた馬車の御者に渡してほしい。そういう慣例でね。あっちの幌馬車に乗せてもらうといい。おーい、ミュンリー! お客さんだ!!」
ターレンが幌馬車に向けて声を張り上げると、寝癖のついた若い女が幌から顔をのぞかせた。
「うっせぇぞ! 競りじゃねぇんだ。声を抑えろ!」
「客だって言ってんだろ! 時間を無駄にするんじゃねぇ!」
「だから、うるせぇってんだよ!」
少し後悔しつつ、セラは耳を押えて怒鳴りあう二人から三歩ほど距離を取る。
ミュンリーが寝癖を手櫛で整えながら歩いてくる。
「ターレンがうるさくてごめんね。えっと、一人? 旅の経験はある?」
「一人です。幼い頃に師匠とあちこち旅をしていました。相場が変わっていなければ謝礼はこれで足りると思います」
謝礼金に銀貨七枚を渡すと、ミュンリーはそこから二枚を取って残りをセラに押し返した。
「残りはヤニクについてからの成功報酬でいいよ。出発まで時間があるから、しばらく自由時間で。あたしは寝る」
必要なことだけ言って幌馬車に戻るミュンリーを見送り、セラは周囲を見回した。
出発前だけあって商人たちがあわただしく動き回っている。ミュンリーのように馬車の中で眠っているのは少数派らしい。今夜の見張り番が今のうちに寝貯めしているのだ。
商人たちの邪魔になるよりは、とセラは一度広場を離れることにした。
「おババに別れの挨拶でもしておこうかな」
行きつけの薬草店、ババーリア薬草店は広場からそう遠くない。
今生の別れにはならないと思いたいけれど、冒険者ギルドが本気で反乱を企てていたらセラも無事では済まないだろう。軟禁状態で過労死するまでポーション作りをさせられるのならまだマシな方。
つくづく貧乏くじを引かされたな、と思いながら、セラは通い慣れた裏路地を歩く。
頬に入れ墨のある若い男たちがセラに気付いてそっと道を空ける。
「ありがとう」
「いえ、滅相もないっす」
軽く頭を下げる男たちの間を抜けてセラは裏路地を進み、ババーリア薬草店に到着した。
苔の生えた赤煉瓦の壁。少し斜めになった古ぼけた看板。店頭に置かれた薬草の植わる鉢だけはとても丁寧に扱われているのがわかる小さな店だ。
扉を開けると青臭い草の香りに混ざってどこか甘い香りが店内からこぼれてくる。
「おババー来たよー」
「呼んでないよ」
即座に憎まれ口を叩くおババことババーリアが編み物の手を止めてセラを見た。
「勤務時間中のはずだろう。なんでこんなところをほっつき歩いてんだい。なにが入用だ。さっさと言いな」
「相変わらず攻撃的だね。ヤニクに左遷されちゃったから、お別れの挨拶に来たんだよ」
憎まれ口には取り合わずに要点だけをかいつまんで伝えたセラは棚の上にある瓶を見る。
薬草だけでなく、ポーション素材となる一部の鉱物や薬品なども置かれている。いつ来ても惚れ惚れする品揃えと品質だ。
憎まれ口が返ってこないことに気付いてセラはおババを見る。
編み棒を落としたことにも気付かず唖然としているおババがセラを見つめていた。
「セラ、あんた、左遷? どういうこっ、どういうことだい!?」
「研究室に閉じこもってたからギルド内政治の都合でよそにポイってされちゃった」
「……はぁ。そりゃあ、左遷もされるだろうよ。自業自得だよ、研究バカが」
編み棒を拾い上げたおババは不満そうな顔で机に頬杖を突く。
そんなおババの前にセラは棚からとった商品をいくつか並べつつ聞く。
「私がギルド内政治にかまける人間だとしても、このお店に入っていい?」
「叩き出すに決まってるだろう。錬金術師の本分はポーションの調合だ。政治にうつつ抜かす半端者にうちの薬草を扱わせるわけがない」
「偏屈だなぁ」
そんなおババの店の常連客だからこそ、セラも裏路地を危険なく歩ける。おババを敵に回せば王都中の凄腕錬金術師が敵に回るのと同じ。つまりはポーション類をまともに買えなくなるため、荒事に近い人間ほどおババと常連客には敬意を払う。
セラが並べた商品の金額を計算しながらおババが小さく言う。
「田舎の水が合わなかったら戻ってきな。雇ってやる」
「ありがと。餞別代わりにおまけしてよ」
「へっ、錬金術師ギルドにつけておいてやる」