第十八話 薬屋ヤニク
ギルド長の鶴の一声で事態は一気に動き始めた。
提案したセラの方が困惑するほどの速度で、午後にはセラのもとに説明会で使用するポーションの素材が予備も含めて持ち込まれた。説明会に参加を呼び掛ける錬金術師の名簿と経歴まで書かれた内部文書も添えられている。
「師弟関係に派閥まで書かれてる……」
冒険者ギルドにとっては部外者であるはずのセラに渡していい名簿なのかと心配になるほどだ。
素材や名簿を持ち込んできたイルルがセラの研究室となっている物置を見回す。
「あの埃まみれの物置部屋がこんなに綺麗に生まれ変わって……」
「入り口は迷路ですけど」
「あれってなんで分かれ道があるの?」
「いまでも物を置きに来る方がいるので、調合時に入られると危険ですから分かれ道を作ってあります。行き止まりの方に荷物を積んでいただく流れです」
その内、新規の荷物で埋められて分かれ道がなくなるだろう。その頃には王都に戻りたい。
そのための第一歩として説明会を成功させなくてはならない。
素材の品質などを確かめて分類していくセラの横にイルルが興味深そうにしゃがみこむ。
「何のポーションの材料?」
「海中呼吸のポーションや浮力のポーションです」
「販売所で売ってるやつとは違うって話だけど呼び分けるの?」
「出来上がった際の色が従来の物とは異なるので、色で呼び分ける形が理想かと思います」
「へー」
セラが選り分ける素材をわくわくした目で追うイルルはどこか猫のようだった。錬金術に興味があるのかもしれない。
「町の錬金術師にご紹介いただけるとのことでしたが、すぐに出発しますか?」
「素材はいいの?」
「管理が難しい素材はほとんどありませんから。大体は暗所保存すれば大丈夫です。カブラズの粉末だけは脱気して保存するくらいです」
管理が容易なのもポーションの価格が抑えられる一因だ。
セラは立ち上がって素材を保管庫に入れて鍵をかけた。
※
イルルに案内され最初に向かったのはヤニクの錬金術師御用達の薬草店、薬屋ヤニクだ。
ヤニクが小さな漁村だった頃から営業している老舗であり、よく言えば地元密着型、悪く言えば一見さんお断りな薬草店である。例にもれず、セラも門前払いを食らった。
「イルルちゃんの頼みでも店に入れるわけにはいかないな」
セラがおかしな真似をしないかと警戒している店主のお爺さんはいつでも杖を振り抜けるように体重を傾けている。
王都のおババもそうだがセラの経験上、いい薬草店の店主ほど偏屈だ。素材の中には毒物もあるため、長く続けるほど客を選ぶようになる。
店主は微動だにしないセラを睨みながら続ける。
「第一、王都から左遷されてくるような錬金術師だろう。信用できない」
「お爺ちゃん薬草ばっかり見て人を見る目がなくなっちゃったんじゃないの? セラさんは凄腕の錬金術師なんだから!」
「凄腕が王都から左遷されてくるもんか」
イルルの言葉にも聞く耳を持たず、店主はセラを追い払うように手を振る。
「ただでさえ、コロ海藻をどう入手するかで頭を悩ませてんだ。左遷の錬金術師の人物鑑定なんてやってられるもんか」
「そのコロ海藻の不足に関するお話を持ってきました」
セラが口を挟むと、店主が動きを止めて疑いの目を向けてくる。
「古い資料を引っ張り出して、カブラズの粉末にでも行きついたか?」
カブラズの粉末と聞いてイルルが心配そうにセラを見る。先ほど、セラの研究室で素材の話をしたときに出た名前だ。
イルルの表情で察した店主が落胆のため息をつく。
「期待させやがって。ウチはこれでも老舗だ。コロ海藻不足の打開策を探すくらいしてるわ。カブラズの粉末はフラビナ調合水と混ぜると薬効を失う。それだけで調合に手間がかかるだけじゃなく、副作用も強く出る。百年前ならいざ知らず、今どきは買ってまで服用しない。わかったら帰りな」
店主の話にセラは首を傾げる。
何を言っているのかさっぱりわからなかったのだ。
しばし記憶を探して、一部地域ではとある魚から作る魚粉をカブラズの粉末と呼んでいると昔師匠から聞いたのを思い出す。
「魚粉のカブラズの粉末ではなく、木の実のカブラズの粉末です。フラビナ調合水にはそもそも溶けませんし、副作用は微々たるものです」
「木の実?」
早合点していることを指摘された店主が何かを思いだすような顔をしてから首を横に振る。
「知らんな」
内陸部で川船の船頭などが昔服用していたポーションの材料なので、港町ヤニクでは馴染みがないのだろう。
「二百年ほど前までは使用されていたポーションの材料です。詳しいことはギルドで開催する説明会にてお話しますのでお越しください。現物もご用意してあります」
「ここでは説明せんのか」
「説明会までにご自分で調べるでしょう? なら、説明会で答え合わせができた方がいいと思います。まだ私のことを信じたわけではないでしょうし、先入観がなければ当日の質疑応答の際に事前情報がない他の錬金術師の方と足並みをそろえられます」
「ふむ。この場で説明を受けて確かめたら、説明会でわざわざ質問せんもんな。いいだろう。ギルドも噛んでるなら様子を見てやろう」
「お爺ちゃん、そんな言い方しなくてもいいじゃん!」
イルルが棘のある言い方に抗議してくれる。だが、薬草店の店主の言い回しをよく知るセラからすれば、かなり譲歩されているのがわかる。
ポーション素材についてのプロである薬草店の店主に説明会で遠慮なく質問をぶつけてこいと言ったのが功を奏した。店主は説明会での質問を凌ぎきれば実力を認めると言ったのに等しい。
店主がカウンターに戻り、奥の棚から小瓶を取り出してイルルに差し出した。
「コットグのところにも行くんだろう? これを持っていけば門前払いはされんだろうさ」