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左遷の錬金術師の解決薬  作者: 氷純
第一章 港町ヤニク
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第十六話 引き抜き

 イルルたちがいた喫茶店に入ったセラとアウリオは店内奥のテーブルに案内された。

 アウリオから渡された封書を開ける。中は丁寧な文章でセラを雇いたいと書かれていた。


 アウリオの容体を説明するほかに話したこともないのに、医師はずいぶんとセラを評価しているらしい。ろくに人柄も知らないのに病院に招いて大丈夫なのかと心配になる。

 交易の要所でアウリオのような護衛で大怪我をした冒険者がたびたび担ぎ込まれてくるため、救急外来にセラがいてくれると助かるとも書かれている。


「なるほど、条件もいいですね……」


 急患に対応できるように病院のすぐ隣にある寮での生活が義務付けられるものの、セラ用の研究室も用意してくれるそうだ。給与の面でも悪くない。

 アウリオが明るい笑顔でうんうんと頷いている。冒険者ギルドでの扱いを見た後だけに、セラが断るとは一切思っていないのだろう。


「どうかな? もちろん、道中は俺が護衛するよ。命の恩人に恩を返したい」


 ありがたい申し出だと思うものの、セラは一応冒険者ギルドの内偵を仕事として受けた身だ。ギルドでの扱いが悪いからと言って病院に乗り換えるわけにはいかない事情がある。

 その事情を冒険者のアウリオに話すわけにはいかず、セラは答えに窮した。


 セラの見立てでは冒険者ギルドに反乱の兆しはない。なら、内偵なんて放り出して国家錬金術師ギルドに辞表を叩き付け、町の病院専属に転職しても罰は当たらない。そんな囁きも聞こえた気がした。

 セラは手紙をテーブルに置き、アウリオに頭を下げる。


「ごめんなさい。ありがたい申し出ですが、応じられません」


 アウリオが明らかに残念そうな顔をする。


「そうか。理由を聞いてもいいかな? 正直、あのギルドは職場としてあまりいい環境だとは思えないんだ」


 気になるのも当然だと、セラは給仕が運んできてくれた紅茶に手を伸ばしながら答える。


「この条件だとポーションの研究や開発の時間を作れません」


 紛れもないセラの本音だ。

 それに、もう一つ理由がある。

 セラはギルドの方を指さした。


「ポーションの価格が高かったでしょう?」

「あぁ、それは気になっていた。セラさんが価格を吊り上げるとも思えないし、吊り上げたところでヤニクに住む錬金術師の工房から直接買われるから売れ残るだけだ」


 さすがに名が知られている冒険者だけあって冷静に物事を見ている。


「実は、コロ海藻が品薄でその分の価格高騰がポーションにも影響しているんです。まだポーションそのものは売られていますが、在庫も近いうちに切れるでしょう」

「うーん。つまり、価格高騰で済んでいるうちに対策が必要ってこと?」

「そうです」


 自分にしかできないなどと自惚れてはいない。ただ、幸か不幸かヤニクにいる錬金術師で一番暇なのは自分だという自覚がある。

 なら、一番時間を取れる自分が対策を練るのが解決への近道だ。

 アウリオはあまり納得していない様子だったが、セラの意思を尊重するつもりではあるらしい。


「そうか。でも、その手紙は持っておいた方がいい。難癖をつけられてギルドを追い出されても、頼る先を残しておくためにも」


 手紙にも、いつでも受け入れると書かれている。セラはありがたく手紙を内ポケットに入れた。

 地元民のイルルたちが利用しているだけあって、紅茶は爽やかでどこか甘いいい香りがしている。

 アウリオが紅茶を見つめながら呟いた。


「あの夜、せっかく入れてくれた薬草茶をこぼしてしまって悪かった」

「え?」


 セラは一瞬なんの話かと首を傾げたが、確かにアウリオが重傷を負ったあの夜、騒動の直前に入れた薬草茶があった。


「緊急事態だったんですから気にしていませんよ」

「それでも、謝るべきことは謝る」


 アウリオが軽く頭を下げる。律儀な人だ。


「そういえば、恩義のアウリオって呼ばれてましたね。そういうところですか?」

「それはお世話になった王都の孤児院にずっと寄付をし続けているからだ。あんな大袈裟な二つ名をつけられるほど人格者ではない」


 きっぱりと言い切るアウリオのどこか曇った表情を見て、セラは紅茶を飲み干す。

 明らかに訳ありだが、研究室に籠ってギルド内政治を放置した結果左遷されたセラに気のきいたセリフなど浮かぶはずがない。

 なので、話を戻すことにした。


「今度会ったときにでも薬草茶を入れますよ。あの夜の薬草茶も飲みたかったって後悔するくらい美味しいのを。覚悟しておいてください」

「それは怖い。お茶菓子を用意しておかないと――」


 言いながら、アウリオがセラの紙袋の中身に気付いて不思議そうな顔をする。


「ストライの蕾をずいぶん買っているようだけど、クッキーにするのかな?」


 ソースの材料以外にもそんな使い道があったっけ、とセラは思い出す。

 錬金術師の見習いがよく作る薬草クッキーだ。ストライの蕾は独特の香りがするため、クッキー生地に混ぜ込むと甘味が苦手な人でも食べられる。


「これは私のおやつですよ」

「大丈夫、とらないから」


 紙袋を守るように抱えるセラにアウリオは苦笑する。


「そんな顔もするんだね」

「そんな顔?」


 どんな顔だろうと鏡を探すも、店内にはなかった。


「いや、ずっと無表情だったから。ギルドでのこともあったし怖がられているのかなと思ったけど、お茶に誘ってくれるし、距離を測りかねていたんだ」

「あぁ、無表情に見えるとはよく言われます。自分では笑ったりしているつもりですけど」


 だとすると、ストライの蕾に言及された自分はどんな顔をしていたのか、なおさら気になるところだ。


「どんな顔をしてましたか?」

「木の棒を取り上げられそうになった子犬」

「薬草茶を飲むときは覚悟してくださいね」

「その笑顔は怖いな……」


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― 新着の感想 ―
ヒャッハー!この木の棒は頂いて行くぜー!
毒草茶にならないことを願おう(笑)
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