第十五話 受付嬢は働き者
ギルドホールの空気をぶった切ったアウリオは困惑する周りの冒険者を無視してセラに呼びかける。
「やっと見つけた。君があの場で作ってくれたポーションのおかげでこの通り、現場復帰できたよ。ありがとう!」
周りの空気が読めないわけではないだろう。その証拠に、アウリオは視線でちらりとカウンターからの出口を示した。
話を合わせてくれればこの場から助け出すと目で教えてくれている。
これ以上、冒険者ギルドの業務を妨害するわけにもいかず、セラは素直にアウリオの提案に乗ることにした。
「もう動けるようになったんですね。退院おめでとうございます。臨時パーティのお二人は?」
「解散したんだ。改めてお礼も言いたいし、病院からセラさんに手紙もあずかってるからちょっと話せないかな?」
「受付担当を呼びに外に出るところなので、ついででよければ」
「じゃあ、エスコートさせてもらうよ」
流れるようにアウリオがカウンターの出口へ向かう。それを見たほかの冒険者が立ちふさがろうと動いたが、別の冒険者に引き留められていた。
「やめとけ。あれは“恩義のアウリオ”だ」
「恩義の……? 王都の有名どころがなんで?」
アウリオの名はそれなりに知られているらしく、ギルドホールを出ていくセラとアウリオを邪魔する者はいなかった。
ギルドを後にして少し歩き、セラはようやく安堵する。
「ありがとうございます。助かりました」
セラが頭を下げるとアウリオは照れたように笑った。
「セラさんも仕事があっただろうに、少々強引になってしまって申し訳ない。命の恩人があのような状況で……いてもたってもいられず……」
「いえ、本当に助かりました。受付の職員を呼びに行くので付き合ってくれますか?」
「もちろん」
しっかりと頷いて、アウリオはさりげなくギルドを振り返った。
これではエスコートというより護衛だ、と思うセラだったが、アウリオの心配もわかる。
教えられた通りに南の大通りにある花屋の横の小道に入る。花屋の在庫なのか、花束用なのか、木桶に入った切り花が所狭しと置かれた小道は花の香りが充満していた。
セラはすれ違いざまに木桶の花を眺める。マラゼナ、キッカラン産のキユリなど、ポーションの材料になる花がいくつかある。切り花にすると鮮度が落ちてしまうが、花屋の店主に声をかければもしかすると鉢植えで手に入る。
緩やかにカーブする小道を進むと風の流れの影響か、花の香りから焼き菓子の香りに変わった。すぐ赤と白のストライプが目立つ日除けとその下のテラス席で談笑するイルルたちを見つけ、セラは駆け寄った。
「イルルさん、それに皆さんも。今、受付が大変混雑していて人手が足りていません。戻っていただけませんか?」
突然現れたセラに驚く受付嬢たちの中で、イルルは真顔でセラを見返した。
「オッケー、わかった。これからちょっと酷いこと言うけど許して」
イルルはセラの前でポンと手を合わせた後、困惑する受付嬢たちを見回す。
「ギルド的には部外者のセラさんを連絡係にしているってことは、それだけ人手不足のガチ混雑中だから、戻んないとヤバい」
イルルが彼女にしては低いトーンで告げると、受付嬢たちはさっと顔色を変えた。
「いま受付にミーシアがいるよ。あの子新人だからテンパって泣くかも」
「イルルーが立て替えといて! あたしらは先に戻る!」
「いそげー」
そこからは早かった。事前に取り決めでもあったのかと思うほど瞬時に動き出す受付嬢たちに、セラは道を空けることしかできない。
小道に吹き込む海風も追いつけない速度で駆けていく受付嬢たちを、セラは目を白黒させて見送る。
支払いを済ませたイルルが一歩遅れて店を出て、セラの背中にとんっと手を当てた。
「受付嬢は可愛い働き者だって、そこの冒険者にフォローよろしく」
可愛いウインクを決めて走り出したイルルの背中を見ると、セラも笑えてくる。
「頑張ってくださいねー!」
背中に声をかけると、イルルは右手を青空に突き出して小さくジャンプし、小道のカーブの先へ消えていった。
あの姿を見せたらフォローなんて必要ないだろうなと思いつつ、セラはアウリオを振り返った。
その瞬間に目が合う。
「……えっと?」
なんでイルルを見送らずにこっちを見ているんだろうと一瞬考えたセラは答えが導き出せずに首を傾げた。
「困っていると聞いてすぐに動き出す人たちって素敵ですよね?」
イルルに言われたとおりにフォローしてみると、アウリオは穏やかに笑って頷いた。
「そうだね。俺は君に命を救われたよ」
「私の場合は義務ですから、イルルさんたちとは違いますね」
医師よりも範囲は狭いが、国家錬金術師にも義務がある。しかも、ポーションは即座に効果を発揮する特性があるため、その義務は錬金術師の技能によるところが大きい。
代表的なのは、『即座に対応可能な致死性の傷病に対して対象者の意思を無視して治療にあたる義務』だ。例え明白な自殺であろうとも、その場に国家錬金術師がいたのなら対応する義務が生じる。
セラは重傷のアウリオの対応が可能だった。だから義務が発生し、対応した。
そう説明しても、アウリオは穏やかに笑っていた。
「あの場に国家錬金術師がいてよかった、と言わせたいんだろうけど、俺を救ってくれたのは紛れもなくセラさんだ。だから、国家錬金術師の義務ではなく、セラさんに感謝する。本当にありがとう」
そう言って、アウリオは懐から封書を取り出した。
「俺がお世話になった病院からの手紙だ。セラさんを雇いたいらしい。あのギルドにいるよりもずっといいと思う」