第十四話 大混雑
セラが最初に向かったのはヤニクの大通りに面する商会の一つストマー商会だ。
王都にも支店を構えるストマー商会は野菜や魚介類などの食品を多く扱っており、その中にはポーション素材になる物も含まれている。
セラにとって都合がいいことに、ヤニクにあるストマー商会は支店の一つだ。冒険者ギルドの錬金術師関連のごたごたからちょうどよく距離を取ってくれている。これが個人経営の薬草店だとセラは門前払いになるところだ。
もちろん薬草専門店と比べれば、錬金術師から見た品ぞろえは良くない。あくまでも食品として売られているのだから。
セラは店先に張り出されている目玉商品一覧を見て、お目当ての山菜を探す。
どうやら一覧には書かれていないようだ。そろそろ旬のはずだから並んでもおかしくないと期待して入り口をくぐる。
店に入ると店内の半分で野菜類、残りで肉類と加工食品を販売している。魚は港で買えるので、ストマー商会が買い上げた魚は内陸の町に持っていかれるのだ。
セラはまっすぐに野菜類の販売スペースに足を運んだ。近隣の村で栽培している野菜類が大半だが、村人や冒険者が採取した野草やキノコも売られている。
販売スペースの隅にお目当ての山菜はあった。
ストライの蕾というクルミ程度の大きさの蕾だ。大半が鮮やかな緑で赤紫色の線が根元から先端に三本入っている。独特の芳香に加えて熱を通すと甘くなる性質から内陸部では肉料理のソース材料として大活躍の山菜だ。
だが、その芳香は魚介類とは相性が悪いとのことで港ではあまり食べられない山菜でもある。
案の定というべきか、売れ残っているらしい。二、三日前から店頭に並んでいたと思しき萎れ始めた物もあった。
この扱いならまとめ買いしても恨まれるどころか感謝されるだろうと、セラは遠慮なくストライの蕾を買い物籠に放り込んだ。
会計時に「炊き出しにソースまでつけるんですか?」と不思議そうに質問されるほどの量だが、全部セラのおやつになる予定だ。
一応、ストライの蕾は火傷の治癒や日焼けした肌を元の色に戻すといった効果のポーション材料になるが、そんなことよりセラはおやつにする気満々だった。
少しヤニクの魚市場を視察して時間を潰した後、セラはギルドに戻る。そろそろイルルも昼休憩に入ってギルドの建物内にはいないはずだ。
ストライの蕾が入った紙袋を左手に抱えてギルドに入ったセラは、昼時にしては混雑しているギルドホールを見て邪魔にならないように端の方に寄った。
この時間にギルドホールが混む場合、隊商の護衛などについていた冒険者の集団がやってきている可能性が高い。ヤニクは港町なので商船の護衛などが重なる場合もあるが魚市場を見てきたセラは前者だろうとあたりをつけた。
受付嬢は必死に冒険者を捌いている。イルルを始めとした何人かの姿が見えないのは、昼休憩に入った直後からこの混雑が始まったからだろう。
素人目にも受付の手が足りていない。手伝ってあげたいところだが、セラはあくまでも部外者なので心の中で応援することしかできない。
商隊護衛の長旅で疲れている冒険者はなかなか進まない列を睨んでイライラしている。
セラは受付カウンターの裏で冒険者から提出された書類のチェックをしている職員にそっと声をかけた。
「受付の手が足りないみたいですけど、イルルさんたちの休憩場所を教えていただければ呼んできますよ?」
昼休憩を中断されるイルルたちは気の毒だと思う。しかし、この状況を見越していち早く宿をとってきたらしい別の冒険者集団が入ってきたのを見れば、この提案をするしかなかった。
書類をチェックしていた職員はセラの顔を見て一瞬渋い顔をする。一応は冒険者ギルドの業務に関わることなので、セラに頼んでいいものかと悩んだらしい。
受付の混雑具合を見れば背に腹は代えられないと判断したのか、職員が頷いてイルルたちの居場所を教えてくれた。
「南の大通りを進んだ先にある花屋の横の小道を行くと喫茶店がある。そこにいるはずだから呼んできて」
「わかりました。すぐに行ってきます」
セラが身をひるがえした瞬間、受付カウンターに並ぶ冒険者がいらだった様子で声をかけてきた。
「混雑してるんだからその子も受付に入ったらいいだろ」
事情を知らない冒険者にしてみれば、混雑を横目に昼休憩に入る職員に見えたらしい。他の冒険者も気付き視線がセラに集まった。
余計な混乱を生んでしまって申し訳なく思いながら、セラは応える。
「すみません。私はギルドの職員ではないので、他の方を呼びに行ってきます」
「は? そこは職員以外には入れないはずだろ?」
「正職員ではありませんから、ギルドの業務に加われないんです。すぐに担当の方を呼んできますのでもうしばらくお待ちください」
頭を下げたセラに冒険者は面倒臭そうに溜息をつく。そんな冒険者の横から別の冒険者が顔をのぞかせた。
「あ、その子知ってる。王都から左遷されて来たっていう国家錬金術師だろ」
「国家錬金術師? なんで国家資格持ちなんかがいるんだよ。国の監視役かなにか?」
一瞬ぎくりとする。冒険者ギルドの内偵に来ているのだから、監視役と言っても間違いではない。
「というか、ここのポーションってやけに高くないか? その左遷国家錬金術師が作ってるから?」
外から来たばかりの冒険者から見れば相場より高く見えるのは仕方がないのだが、責任を押し付けられるのは心外だ。
ただ、反論しようにも冒険者たちの敵意は膨れ上がっている。元々イライラしていたところに冒険者ギルドの存続を脅かしかねない国から派遣されてきた錬金術師という敵がいる。
うまく抜け出してイルルたちを呼びに行きたいが、この空気を放置しておくのもまずい。受付業務どころではないだろう。
遠まわしに助けに入るつもりが盛大に邪魔をしてしまっているのがつくづく申し訳なくて、セラは受付嬢たちに視線で謝罪する。
さて、どうこの場をまとめようかとセラが考えを巡らせた瞬間、冒険者の列の奥からよく通る声が呼び掛けてきた。
「――見つけた! セラさん!」
列を割ってカウンター前まで乗り出してきてセラを呼んだのは、ヤニクまでの道中で重傷を負って離脱した護衛の冒険者アウリオだった。




