第十三話 イルル
ヤニクの冒険者ギルドで仕事を始めて早二週間。
セラを取り巻く環境は悪いままだった。
仕事場兼自室になりつつあるセラの調合室は埃こそ払ったもののいまだに箱が積まれていて、入り口付近は迷路状態。来客もいないので不便なのはセラだけだが、いちいち面倒なのは否めない。
「海水の水質は異常なし」
さび猫以外に誰も来ないのをいいことに着々とコロ海藻不漁の原因特定に勤しむセラは二週間でまとめた資料を眺めて頭を抱える。
原因がさっぱりわからないのだ。
海水の水質に問題はなく、他で水揚げされる魚介の栄養状態も悪くない。ただ、魚の胃を調べたところコロ海藻は確認できなかった。人間の目につかない場所にコロ海藻が生えている可能性もつぶれたわけだ。
「食用にされていない魚がコロ海藻を食べている可能性もあるけど……」
漁師の協力を得なければ調査が難しい。しかも、調査に動くとギルドが反乱を企てていた場合に目を付けられる。
セラはビーカー内のフラビナ調合水を光に透かしながら思考を巡らせる。
正直なところ、セラはもう冒険者ギルドを疑っていない。
食用にもなるコロ海藻が魚市場から姿を消すほどに乱獲すれば、確実に漁師ギルドが反発する。しかし、冒険者ギルドと漁師ギルドはつかず離れず疎遠な関係性ではあっても喧嘩している様子がない。
疎遠な理由はわからないものの、コロ海藻を巡った利権争いにしては大人しすぎる。
「これ以上は考えるだけ無駄かな」
それよりも身になることをしようと、セラはビーカーを置いて素材棚を見る。
ヤニクのあちこちで購入してきたポーション素材が並んでいる。王都にあった自分の研究室に比べると量も質も種類もはるかに劣っているが、ひとまずの環境は整った。
現状のヤニクが抱える問題はコロ海藻を用いるポーションの値上がりと将来的な枯渇だ。解決しなければ冒険者ギルドだけでなく漁師や釣り客にも広く影響する。最悪の場合、漁業に大きな被害が出る。
早急に、代替品となるポーションが必要だ。
「海中透視のポーションは最優先かな」
海面の光の反射を無視し、海中を深くまで透視する効果を持つ海中透視のポーションは漁師御用達の品だ。海中の魚群を目視で確認できるため漁の効率が跳ね上がる。
港にいる冒険者にとっても海中を透視できれば強力な海の魔物を早期発見できる。いきなり船を襲われて転覆、そのまま食べられてしまうという最悪の事態を回避できるのは非常に大きい。
なお、海中透視のポーションは服用後の三十分以内に水を飲むと嘔吐する副作用がある。できることならこの副作用も改善したい。どうせ開発するならより良い物を、とセラは意気込みつつ素材棚を見つめる。
「アカメヒカリの発光板は必須として、コロ海藻の代用品となるとラーダ草? 旬じゃないと流通しないし高いし、そもそもラーダ草の薬効だけでいけるとは思えない……」
紙に考えを走り書きしつつ、頭の中で薬価の計算をする。
金に糸目をつけなければ新しいレシピを考案することは可能だ。だが、漁師や冒険者が普段使いする価格に抑えるとなると非常に難しい。
いくつかの素材の候補を走り書きして、セラは紙を見直す。
「専属の商人でもいれば鮮度を保ったまま輸入できるけど……」
作れても買えないのでは意味がない。
挙げた素材候補でポーションを開発しても遠くない未来に行き詰まる。
難題に知恵熱を出しながらも、セラは楽しくなっていた。ポーション開発は錬金術師の本懐だ。この難題に挑み、レシピを考案した時の充実感は今までの人生が報われたような気がして嬉しくなる。あの感覚を知っているからこそ、難題であればあるほど嬉しくなる。
とはいえ、集中力にも限界はある。
セラは考えを整理する傍らおやつでも買ってこようと立ち上がった。
「うーん、やっぱり邪魔ですね」
部屋の扉までの雑多な荷物が作る迷路を潜り抜けながら苦笑する。
そういえば今日はさび猫を見てないな、とセラは唯一の来客を探して窓を見る。
さび猫が来ればわかるようにと窓の近くに取り付けた小さな鈴はしょんぼりとうなだれている。
魚市場に行けば会えるだろうかと思いながら部屋を出て、セラはギルドホールへ向かった。
ギルドホールに冒険者の姿はまばらだった。新しくパーティを組んだのか交流を深めているらしい三人組と備品の買い出しをしているらしい若手が四人。若手は売店でポーションを見て意見交換をしていた。
「やっぱり、最近高いよな」
「ギルドに卸してるポーションはまだマシだってよ。冒険者と漁師には原価ギリギリで回してるんだとさ」
「それでもこの値段か……」
買わないと仕事に差し障りがあるとはいえ、若手にとっては痛い出費だろう。
悩む若手冒険者の隙間からポーションの販売所をちらりと覗いて、セラは苦笑した。
セラが調合したポーションだけが売れ残っている。ギルドの支援がほとんど受けられないセラが数少ない素材をやりくりして調合した軽症治癒のポーションなど、冒険者にとっては必須級のポーションが売れていない。
値段や薬効を考えるとセラが調合した軽症治癒ポーションが売れ残るのはおかしい。
ただ、冒険者にとっては王都から左遷されてきた得体のしれない錬金術師よりも実績のある地元の錬金術師を信用するのも当然だ。
冒険者の心理もわかるからこそセラは苦笑したのだが、カウンターから受付嬢がそそくさと出てきてセラに駆け寄ってフォローしてきた。
「セラさん、セラさん! 貿易船護衛の冒険者パーティーが風読みポーションの効果時間に驚いてましたよ!」
自作のポーションが売れ残っているのを見たセラが気落ちしていないかと心配したらしい。
「イルルさん、教えてくれてありがとうございます。十日前に出発したパーティの方ですよね?」
セラが質問すると、受付嬢のイルルは深く頷いた。バレッタで留めたきれいな茶髪が頭の動きに合わせてわずかに揺れる。
セラよりも身長が高いにもかかわらず、どこか懐いた子犬のような雰囲気のイルルは冒険者たちから困惑気味の視線を向けられていた。
左遷されてきた錬金術師を追い出すために無視するならわかるが、気にかけて積極的に話しかけるのはイルル自身の立場も悪くなる。同じ受付嬢や冒険者からも忠告されたはずだ。
それでも声をかけてくる理由はわからないけれど、セラはつかず離れずの距離で応じた。
「あとで在庫を確認して補充しておきます。用事があるので、私はこれで失礼します。教えてくれてありがとうございます」
てきぱきと答えて、セラはイルルに背を向ける。
部外者の自分がのけ者にされるのは仕方がない。だが、イルルをそんな自分の巻き添えにするのは忍びない。
イルルの昼休憩と入れ替わりで戻って来ようと思いながら、セラはギルドを出た。




