第一話 左遷先は僻地で敵地
王都に広大な敷地を持つ国立錬金術師ギルド本部、その離れにある研究棟の一階で、セラ・ラスコットは首を傾げていた。
「左遷ですか?」
問い返すなり、セラの上司にして開発部長のカマナックは柔和な笑顔を崩さずに繰り返した。
「もう一度言おう。冒険者ギルドが大規模反乱を企てている疑惑があり、事実としてポーションの各種材料の供給が滞っているため、原因を調査してほしいと国からのお達しです。ようは、内偵です」
「はぁ……?」
もう一度言われたところで内容が変わるわけでもない。セラは化粧っ気のない困惑顔を窓に向けた。
百五十センチメートルの小柄な体型に長袖白衣を着た自分が窓に映っている。研究室に籠ってばかりいるせいで不健康な白い肌、困惑を表に出したはずなのに無表情な自分の顔がこちらを見ている。
そんな自分の容姿を無視して、セラは窓の外、はるか遠くにある王国騎士団の宿営地を指さした。
一年を通して晴れの日が多い王都の真昼だけあって明るい日差しが町並みを輝かせ、空気が澄んでいるのか宿営地まではっきり見える。
「それ、騎士団案件ですよ?」
冒険者ギルドは各地の魔物被害に対抗するべく設立された民間団体だ。
当然、相応の武力を持つこの民間組織を王国は良く思わず、何度も閉鎖に追い込もうとした。王家からすれば『ボクの言うこと聞かない武器を持っている人怖い!』という感覚だろう。
冒険者ギルドを閉鎖して騎士団に代わりを務めさせる。実際に騎士団を派遣したことも過去にはある。
だが、王国騎士団はあくまでも他国からの侵略に対抗する組織。冒険者ギルドの代わりに魔物退治に派遣していてはいざというときに戦力が足らずに侵略を許してしまう。かといって、普段から大規模な騎士団を抱えて魔物に対処しているとお金がかかりすぎる。
結局、王国側が折れて冒険者ギルドの存続を許した経緯から、冒険者ギルドから見た国の評判は極めて悪い。いつまた自分たちの仕事を取り上げようとしてくるかわからない、と敵視するほどだ。
敵視されると王国も反乱を起こされないかと警戒し敵視して――振り出しに戻る。
セラは自分を指さした。
「国家錬金術師ですよ? 国の準公務員ですよ?」
「そうだね。冒険者ギルドが嫌う肩書きの一つだね」
「うら若くか弱い乙女ですよ?」
「うら若い乙女だね」
しれっと“か弱い”の部分を抜かされて、セラは自分の細腕を強調するように白衣の袖をまくった。
――効果はなかった。
カマナックがため息をつく。
「セラさんの心配もわかるとも。本当に反乱を企てていたら殺されかねない」
「そんな危険な仕事がなぜ、一錬金術師に回ってくるんですか?」
セラの当然の疑問に、カマナックは数枚の紙を机に並べた。
セラはざっと紙に目を通す。どうやら、ポーションの各種材料に関するここ十年ほどの流通量のデータらしい。
一昨年あたりから顕著に供給が滞っている材料がある。それらの材料を指さして、カマナックはセラを見た。
「反乱の準備でポーションの素材を備蓄しているのか、それとも別の理由があるのかわからない。証拠がない以上、騎士団による強制捜査もできない」
「それで、材料に関する知識がないと内偵もできないからって話ですか」
流通が減っている材料の中には見間違えやすい物もいくつか見受けられる。開発部所属で様々な材料を手にするセラに仕事が回ってくる理屈は通る。
だが、セラである必要はない。目の前にもっと適任な人物がいる。
セラが生まれる前の戦争で従軍経験があり、前線で負傷兵の治療にあたり、乗り込んできた敵軍に剣で応戦して錬金術師でありながら突撃勲章までもらっているカマナックという男が。
セラがじっと見つめると、カマナックは小さくため息をついた。
「ギルド内政治に距離を置いているから、そんな貧乏くじを引かされるんですよ」
ちくりと指摘されて、セラはそっと目をそらした。
王国全土の錬金術師を束ねるギルドだけあって内部での政治闘争が当然ある。
だが、セラは開発部の一室に籠り新薬の開発に専念していてギルド内政治とは無縁の生活を送っていた。開発部の職員なら顔と名前が一致するが、他部署となるとさっぱりわからないほど、ギルド内での人間関係すら作っていない。
上の人間からすればどこからも反発がない人事なのだろう。
カマナックは机の引き出しを開けながら続ける。
「これでも庇ったんですよ。ただ、知識量を考えてもセラさんが適任なのは間違いない。反対するのは難しかった」
そう言って、カマナックは手紙をセラに差し出す。
「出向先をヤニク冒険者ギルドにするのが精一杯でした。あそこのギルド長は従軍時代の知り合いでね」
受け取った手紙の宛先はヤニク冒険者ギルド長になっている。
「紹介状ですか?」
「そんなところです。それを見せれば悪くても軟禁で済むでしょう。私の名前はいくらでも使って構いません」
紹介状という保険を用意しないといけない程度には身の危険がある裏返しだ。
ついでにと命令書まで渡されてしまって、セラも反論は無駄だと悟る。
カマナックはにこやかに部屋の扉を指さしてセラに退室を促した。
「見方を変えればよい機会です。ポーションの服用者と直接触れ合ってきなさい。きっとあなたの糧になるでしょう」
セラは手紙と命令書を両手に持って見比べてから、カマナックに質問する。
「今から辞表を書いても――」
「あなたが研究室でサラダ代わりにつまみ食いしている薬草、経費で落としていないかな?」
「あれは実際に自分で服用して薬効を確かめる大義名分もありまして……行ってきます」
グレーゾーンなのは確かなので、請求されないうちにセラは退散した。