12 結婚式
それから、数週間後。
その日は、朝から快晴だった。
親族でもあるアルヴァー様に連れられて、私たちは大聖堂の控室に顔を出す。
そこで待っていたのは――――。
「先生、おきれいです!」
純白に輝くウェディングドレスに身を包んだ、女神と見紛うばかりのルーシェル先生である。
真っ先に叫んで駆け寄るセルマとは対照的に、私は感激のあまり「せんせえーー!」と言いながらその場で泣き始める。
「え、ちょっと、泣かないでよ」
「だって……!」
「先生、マリーナ先輩はこの一週間くらいずっと泣いてます」
「なんで?」
だって、この一週間、先生に会えなかったんだもの!
心の中ではそう叫びながら、止まらない涙にぐすぐすひっくとしゃくりあげることしかできない。
そんな私を見かねてか、アルヴァー様がそばに来て「泣くなよ」なんて慰めてくれる。
「姉さん、マリーナを泣かせないでよ」
「だからなんで? てか、どさくさに紛れて抱きしめてない?」
「な、なに言って――!」
「アルヴァー、うるさいぞ」
「あ、義兄上まで……!」
なぜか真っ赤になって口をぱくぱくさせるアルヴァー様を見て、ついつい笑みがこぼれる。
今日は、ルーシェル先生とディーン先生の結婚式である。
陛下からキルカ公爵の姓と身分を賜ったとき、同時に婚姻を認められた二人。
でも結婚式とお披露目パーティーは、王都の一等地に建設していた公爵邸の完成を待って執り行われることになっていたのだ。
「お前たち、俺の大事な奥さんをあんまり疲れさせんなよ。体に障るだろ」
そう言って、鏡の前に椅子を持ってきてルーシェル先生を座らせるディーン先生。「大丈夫か?」とか「具合悪くないか?」とか心配そうに確認することも忘れない。
「ディーン先生の溺愛に拍車がかかってる……」
「過保護が加速しているというか」
「そりゃあ、叔父上にとってはおめでたいことだしさ」
「もちろん、僕にとってもね」とうれしそうに微笑むギルロス殿下。
実はこの一週間ほど前に、ルーシェル先生の妊娠が判明したらしい。
「らしい」というのは、先生本人に聞いたわけではないからである。教えてくれたのは、ほかならぬアルヴァー様。
いつものように私の様子を見に来たアルヴァー様はそのまま私を廊下に呼び出して、いつもよりも数段声を潜めた。
「……姉さんが妊娠したらしい」
「え……!」
心の底から湧き上がる歓喜が、全身を駆け抜ける。
「あ、あの、おめでとうございます……!」
「それが、おめでたいことばかりでもないんだ」
「は? なんでですか?」
「ディーン先生が姉さんの体調を心配しすぎて、モンスターハズバンドになってる」
「モンスターハズバンド……? なんですかそれ」
「モンスターペアレントの夫版だよ。過保護が過ぎて、姉さんに絶対安静命令を出したらしい。学園での助手の仕事も休めと言って聞かないし、来週に控えた結婚式やお披露目パーティーも全部キャンセルするとか無茶なことを言い出して」
「……うわ、ディーン先生なら言いそう」
「ほんとな」
常識外れの要求ばかりを繰り出すディーン先生を宥めるのは、だいぶ苦労したらしい。フォルシウス侯爵家はもちろん、王家やディーン先生の実家でもあるラウリエ伯爵家が束になって、なんとか説得に成功したそうである。
ディーン先生は、ルーシェル先生のこととなると見境がなくなるから。
でもそもそも、結婚式の日取りはすでに決まっていたのだからそれを避けることができたはずでは……? なんていう不届きな指摘はしないでおきたい。
ちなみに、ルーシェル先生が自宅に閉じ込められている間も私たちは変わらず研究室に顔を出していた。でもディーン先生はルーシェル先生のことが心配すぎて微妙に使い物にならなくなってるし、私たちは私たちでルーシェル先生の不在に物足りなさと心許なさを感じるしで、この一週間はとてつもなく長く感じられたのだ。
そんな中での、結婚式である。
しかも、光り輝くウェディングドレスを纏うルーシェル先生の神々しさといったらもう……!
女神降臨とはこのことよ……!
というわけで、一週間ぶりの再会に私の情緒は乱れに乱れまくり、随喜の涙を流すに至ったのである。面目ない。
「君は、存外泣き虫だよな」
控室から出ると、アルヴァー様がふふ、と小さく笑う。
セルマとギルロス殿下は、さっさとチャペルのほうに行ってしまった。号泣したせいで腫れたまぶたを冷やそうと外に出たら、なぜかアルヴァー様が後ろからついてくる。
「アルヴァー様は親族なんですから、早く戻ったほうがいいんじゃないですか?」
「君を一人だけ置いて行けるわけないだろ」
ため息まじりに答えるアルヴァー様の表情は、いつになく硬い。
……嫌なら、ついて来なきゃいいのに。
そんな思いが頭をかすめる。
「大丈夫ですよ。落ち着いたら、すぐに戻りますし」
わざと軽い調子で言ったのに、アルヴァー様の表情はますます硬く強張っていく。
「君は……」
そう言いながら、アルヴァー様は一歩、二歩と近づいて、私の目の前に立った。
「君はいつも、俺には『大丈夫』しか言わない」
「は?」
「なんでもっと俺を頼ってくれないんだ? 俺はそんなに信用がないのか?」
「そんなことは……」
鬼気迫る勢いなのに、アルヴァー様の視線はどことなく切なげで、そして甘い。
……ん? 甘い?
なんで?
逃すまいとするアルヴァー様の熱に気圧されて、しどろもどろになってしまう。
「し、信用していないわけでは……」
「じゃあなんでだよ?」
「いや、だって、今まで十分よくしてもらいましたし、これ以上ご迷惑をおかけするわけには……」
「迷惑なわけないだろ? ていうか、迷惑でもなんでも、もっと俺に甘えればいいだろ?」
「そういうわけにはいきませんよ。いつまでもアルヴァー様や侯爵家のみなさまに甘えてばかりではいられないじゃないですか。こう見えて、私はちゃんと将来のことだって考えてるんですよ」
「……将来のこと……?」
途端に向けられる、アルヴァー様の探るような視線。ちょっと痛いんですけど。
でも怯むことなく、私は宣言する。
「実は私、文官試験を受けようと思ってるんです……!」
意気揚々と言い切る私を、アルヴァー様は予想外に脱力したような顔で見返している。
……え、なぜ?
「だってほら、平民でも学園を卒業して試験に合格すれば文官になれるじゃないですか? 文官になったら王城で働くことができますし、そしたらセルマやギルロス殿下のお役に立てるんじゃないかって」
「君の頭の中には、セルマ嬢とギルロス殿下しかいないのか?」
「そんなことないですよ? ルーシェル先生もいます。あ、ディーン先生もおまけで」
「あとは?」
「あと? あとは……」
考え込む私を見据えて、アルヴァー様は盛大にため息をつく。
「マリーナ」
「は、はい」
「俺はこれまで、自分の気持ちは態度で示してるつもりだった。でも義兄上が言っていた通り、そんなものは一ミリも君に届いてないと今わかった」
「は?」
「俺は、君が好きだ」
…………は?
「ああ、あれですね、友だちとか家族とかに対する――――」
「恋愛的な意味でだよ! いい加減気づけ!」
「え……」
いやいやいや、そんな、まさか。
人間、驚きすぎると逆に冷静になるってほんとなのねと思いつつ、私はアルヴァー様の力んだ顔をすっと見上げる。
「アルヴァー様がお好きなのは、セルマですよね?」
「は?」
「違うんですか? だって私――――」
「待て待て待て」
呆れたように私の言葉を遮るアルヴァー様の目が、鈍く光る。
「どこの誰がそんなことを言っていたのか、説明してもらおうか?」




