派遣切りされた派遣勇者の逆襲
――――この世界は不景気である。それもそのはず、勇者が多すぎるのだ。
勇者が召喚される数、スパンは異世界によって異なる。そしてこの異世界には実に多くの勇者が短いスパンで召喚されていた。
それもそのはず、この世界はかつて魔王に征服され、人類滅亡不可避であったのだ。そこで女神は閃いた。
異世界から勇者をたくさん召喚すれば、人間強くなるし、魔王に抗う力もたくさん手に入る……!と。
その結果、実に多くの勇者が召喚された。勇者召喚は月に一回しかしてはならぬ決まりがあり、女神は毎月勇者を召喚した。
この世界の一年は12ヶ月。つまり、1ヶ月に一回必ず地球から勇者を召喚するスパンができてしまったのである。しかも女神は再召喚スパンを一年にしてしまったので、勇者は毎年12人増えて行く事になる。それでも人類の繁栄のためにと勇者を1ヶ月に一回、毎年召喚し続けた世界は見事に魔王を討ち滅ぼしたものの……勇者が、増えすぎた。
魔王が滅亡し、人類は再び文明を復興させ始めたが、魔王亡きあと、残党の魔族をも全て滅ぼしてしまった勇者はたまにでる魔物を倒すくらいしかやることがなくなってしまった。
かといって超スペックの勇者は普通の仕事をこなすには強すぎて逆に危ない。しかし異世界スペックを与えられた勇者を再び地球に戻すわけにもいかない。
年々増え続ける勇者に、人類の各国も常時雇い続けることは困難となる。
そこで生まれた考え方が、派遣勇者制である。
各国や、貴族、商人、冒険者ギルドなどが、勇者を管理する派遣勇者ギルドに申請し、必要な時だけ勇者と派遣契約を結ぶ。そして派遣勇者として受け入れると言う新しい勇者の働き方である。
この新しい改革。見事に軌道に乗り始め、女神も大満足であった。
そして女神もこの改革をさらに推し進めるために、他の世界で脅威となっている魔王や超危険魔物などを転送して勇者に戦わせ始めた。
だが……それでも勇者の数に対して魔王も魔物も足りなかった。
そこで何が起きたか……。それは想像にかたくない。
「勇者3609号、お前は明日から来なくていい。今日で契約終了だ。災害起こす前に我が国から出ていってくれ」
「は……?」
勇者3609号は唖然とした。そして現代日本から召喚された彼は気が付いた。これは……派遣切りじゃねぇか……っ!
呆然としつつも、一方的な派遣切り。派遣勇者ギルドに問い合わせても、先方の都合だと断られる。ここに日本のような救済措置はない。むしろ一昔前の日本には、救済制度すらなかった。しかしここには雇用保険すらない。勇者、明日から無職。他の職につこうとも、勇者の脅威的な力を恐れ、みな就職を断ってくるだろう。
さらに派遣勇者ギルドで知ったことだが、この3609号のように、突然の派遣切りに遭う勇者が爆発的に増えているそうだ。まさに大量派遣切り時代。
何か……何か生きていくためのすべはないのか!?勇者3609号は急いで法律を調べた。こう言う時に頼りになるのは法律しかない……!
そして勇者3609号は見つけた。
「……これだ」
勇者3609号は、どれだけ勇者が増えても女神から与えられた聖剣を手に取り、ひとり先ほど契約終了を告げられた城に戻る。
もちろん城の警備たちが止めたが、普通に生活したら間違いなく災害扱いの勇者に彼らがかなうはずがない。
難なく城の最深部に到達した勇者3609号は、先ほど自分を一方的に派遣切りしてきた国王に向かい合う。
「な、何のつもりだ!勇者3609号!我が城に押し入ってこのような蛮行、許されると思っているのか!?」
「あ゛?許されるけど?」
「え?」
目を剥く国王。対する勇者3609号はニヤリと嗤う。
「派遣勇者労働基準法第9560号勇者に於ける殺人の特例!人類に多大なる損害を与える脅威とみなしたものや魔族に寝返ったものに対しては、たとえ人間であろうと、勇者は殺しても罪に問われない」
生き物を殺すことに対して抵抗を覚えることの多い現代地球人勇者が、異世界で各種討伐を行っても大丈夫と安心づけるための法律。
召喚勇者の大半は、法律で守られていると言うことで安心する性質を帯びていたからだ。
その法律を、勇者3609号は逆手にとったわけである。
「そ……その法律がワシに適用するわけなかろう!?」
「適用すんに決まってんだろぉがぁっ!派遣の敵!一方的に派遣切りしてくる悪徳企業!クッソパワハラヤロウどもじゃねぇか!そう言う悪徳企業はなぁ……失業勇者急増と言う人類に多大なる損害を与えるんだよ!死ねやあぁぁぁ――――っ!!!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁ――――っ!!」
勇者は容赦なく国王を切り捨てた。
「問題ない。だって俺は法律で守られてるんだからなぁ!?」
この勇者3609号の反乱は、SNS……召喚勇者ネットワークサービスへの投稿によって勇者たちの瞬く間に勇者たちに発信される。
そして世界は……派遣勇者たちによる下克上。派遣切りを行った派遣先の討伐と言う形で世界を大いなる混沌へと誘っていく。
もう誰も勇者を止めるものはいない。
そんなことはダメだと反対した勇者もいたが、派遣先を庇うなら悪の一部と、狂気化した勇者たちにより討伐される。派遣切りされたショックや恐怖で集団暴徒化した勇者たちを止められるものなど、この地上にはもうどこにもいない。
焦った女神は全異世界の神に懇願し、召喚スパンの全解除を懇願と共に、世界を管理する女神の座を降板。神々と集団暴徒化した勇者たちとの対話の場が持たれた。
今後は派遣勇者たちの雇用維持のための方策を神として世界各地に浸透させ、仕事が足りなくならないように勇者をさまざまな世界に分けて派遣することとなった。
だが……忘れてはいけない。
「はぁ……ここも悪質な派遣切りじゃねぇか」
動かなくなった派遣先の王の骸を一瞥すると、勇者3609号は悠然と次の派遣先に向かう。
――――この勇者たちが法律で守られていることを……。
【完】