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北の森に住む魔女と  作者: 小松しの


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9/10

9.ロイという狩人として


 西のソミリは、アロイスに魔法をかけた時から考えていた計画をネマリエとピアに話した。

 この年は雪が多く、春が来たばかりの山には未だ残雪が多くある。

 そこで雪崩に巻き込まれたアロイスに死んでもらおう、というのだ。

 しかし、実際には死なない。

 死んだように見せかけるのだ。

 アロイスの身長と同じ長さの丸太を用意し、アロイスに見えるように変化の魔法をかけ馬車に乗せる。

 一緒に雪崩に巻き込まれる護衛やメイド達が死ぬのは困るので、ネマリエとピアの二人は雪崩が起きる現場が見える所で待機し、死者が出ないように繊細な魔法を駆使して雪崩の制御をする。

 護衛達が全員巻き込まれると助けを求めに行けなくなるので、馬車とその後ろを行く護衛の間に少しずつ距離が開くように、後ろを行く護衛達の邪魔をするのも忘れない。


 ざっくりと作戦を伝えられたネマリエとピアはしばらく考え込んだが、アロイスとリージェが了承するなら、と条件をつけてその計画に賛同した。

 なお、記憶の改竄という禁忌に手を出したソミリは、数年間魔法が使えないため傍観者となる。

 早朝アロイスの元に転移したのも、ネマリエとピアに会いに行ったのも、次代の西の魔女であるソミリの娘が傍で手伝っていた。



 アロイスの記憶が戻ったその夜、ソミリは娘の手を借り護衛に気づかれぬよう、転移でアロイスをリージェの家に連れて行った。

 

「リージェ。西のソミリだよ。あけてちょうだい」


 扉をノックしてそう声をかける。

 ソミリの後ろには緊張気味なアロイスが待っている。

 

「ソミリさん?こんな時間にどうしたの?」


 扉が開けきらぬうちにアロイスがソミリの前に出て、『リージェ』と声をかけた。

 驚いたようにアロイスの顔を見たリージェは、次々と記憶が戻っていくと同時に切なさも湧き上がってくる。

 アロイスに会ったところでどうにもならない恋なのだ。

 ずっと思い出さないほうが幸せだったかもしれない。

 リージェが扉を閉めてしまおうか、と思った時に、家の奥から、『寒いから早く入ってもらいなさい』とピアが言いながら近づいてきた。

 ネマリエとピアはソミリから話を聞いていたため、既にリージェの家で待っていた。

 これから二人に計画を話し、二人が賛同したら計画は実行される。

 もし二人が反対したら、今度はネマリエとピアが二人から記憶を消そうと思っている。

 もう引退した身だ。魔法は使えなくても、リージェと北の森で穏やかに過ごそう。

 ネマリエとピアはそう話し合い、若い二人の決断に任せることにしていた。

 その後の話し合いで、第二王子アロイスが消えることは決定した。

 

 

 




 ゴ、ゴゴ······


 始まりの小さな音は、馬車の音や馬の蹄の音で気付かれなかった。

 しかし雪崩はあっという間に馬車の近くまでやってきて、逃げる間もなく馬車は数十メートル下へと雪崩にのまれて落ちていく。

 雪崩が落ち着くと、難を逃れた護衛達が馬車を探しに雪を泳ぐように移動した。

 ネマリエ達は気付かれぬよう注意をはらいながら、捜索する者達を巻き込まれた者達の所へと魔法で誘導し、皆が助け出されてから馬車の存在を現した。

 馬車の中には丸太。しかしアロイスに見えるように魔法がかけられている。

 アロイスに見える丸太を護衛達は迅速に救出し、近くの街へと連れて行くが、当然そこに生命力などあるはずもなく、丸太は急遽用意された馬車に乗せられ城へと戻った。

 城ではすぐに国王が確認したが、魔法はまだかけられたままだったのでアロイスにしか見えない。

 呆然と立ち尽くしていた国王だったが、しばらくするとアロイスの死を認め、棺へと移すように指示し、葬儀について、また今後の後継者について国の重鎮達と話し合った。

 

 埋葬が終わると、ピアは丸太にかけた魔法を解く。

 掘り起こされることのない王家の墓。

 アロイスは不慮の事故により天に召された、と王家の歴史に刻まれるだろう。

 

“不届き者の墓荒らしなど出ませんように”


 ピアは墓に手を合わせ祈ってから北の森へと戻った。

 

 


 

 第二王子の葬儀の後に設けた会議では、王女の王籍への復帰について反対があった。

 病にて療養中でも、第一王子を立太子すべきだという強硬な意見が一部から出たからだった。

 それはやはりというのか、側妃の実家である伯爵家を担ぎ上げた貴族達で、伯爵家も嬉々としてその神輿に乗っていた。

 しかし国王はこの会議の場で、第一王子が第二王子を襲撃し幽閉されたという事実を明らかにし、よって第一王子が立太子されることはないと強く否定した。

 そして側妃も幽閉されていること、側妃の実家の伯爵家も降爵し男爵とすること、さらに領地を没収することをも加えて公表した。

 様々な証言から雪崩については事故であるとは分かっていても、伯爵家の傀儡となりえるものを王太子とするわけにはいかない。

 そして第一王子を取り巻く者から力を削ぎ落とさなくてはいけない。

 国王はそう考え、今回の雪崩事故を利用し関係者への処罰を下した。

 伯爵家としては雪崩事故など想定外だったが、第一王子から西の魔女に依頼したと聞いていたことから、西の魔女が雪崩を引き起こした可能性が頭をよぎる。また、伯爵家を通して襲撃者が手配された証拠が見つかったことで強く否定できなかった。

 それにより、それまで伯爵家を担いでいた貴族達は鳴りをひそめ、公爵家へ嫁いだ王女を王籍へと戻し、将来の女王となることがその場で決定した。


 公爵家当主は国王の弟であり、娘婿は甥であることからその気質をよく知っている。

 きっと女王を支えながらもり立ててくれることだろう。

 第一王子による第二王子襲撃から三ヶ月強。

 王家の醜聞はこうして幕を閉じた。



 アロイスは北の地を視察している時、第二王子という立場を隠して行動していたため、街の人々はどこかの貴族が街を見に来たという程度の認識だった。

 そのため、アロイスとリージェが仲睦まじい様子で街を歩いても、誰にも不思議に思われることはなかった。

 反対に、北の民はリージェの生い立ちを知っているため、幸せになってほしいとの思いから、魔女に恋をして離れられなくなった貴族のことはあえて話題にしなかった。

 どこの誰かは知らないが、もう離れることはこの貴族にとって不幸にしかならない。

 人々は魔女に恋をした男の行く末を知識として知っているため、ただ受け入れて見守っている。

 幸せそうに街を歩く二人の姿を、人々は微笑ましく思っていた。





「で?なんであんた達家族がここに居るんだい?」

「えー?だってリージェの出産よ?この人にとっては初孫じゃない?」

「だからって、娘の手をわずらわせるんじゃないよ」

「おしかけてすみません。どうしても母が北の森に行くってうるさくて」

「娘の方がしっかりしてるって悲しくないかい?」


 ネマリエとピアは、リージェから陣痛の間隔が短くなってきた、と連絡をうけ急いで転移してきたら、既にお茶を飲んで寛いでいる西の魔女一家がいた。

 ソミリは禁忌をおかしたことで数年魔法が使えなくなったので、娘に代替わりし元魔女となっている。

 今回も娘に強請って、夫も一緒に連れてきてもらったらしい。

 ソミリの夫は確かにリージェの父だが、リージェが物心つく前には別居していたのでこれといって感慨などないだろう。

 それなのにこうして連れてくるという感覚に、ソミリは何かズレている、とネマリエとピアは呆れてしまうが、今はそれどころではない。

 既にリージェと産婆さんは、分娩用に用意した部屋にこもっている。

 “ロイ”ことアロイスもリージェに付き添っている。

 ネマリエとピアは特にすることはなく手持ち無沙汰で、目の前にいるソミリにつっかかって時間をつぶしているのだ。

 ソミリの娘は随分としっかりした性格のようで、『反面教師が傍にいるので』と言うソミリの夫に対しても、『両親揃ってこれだもん』と呆れたような顔をしながら皆にお茶のおかわりを淹れていた。

 

 ネマリエとピアが北の森に着いて五時間が経とうという頃、産婆が皆の居る部屋へと入って来た。


「おめでとうございます。可愛らしい男の子ですよ。リージェも元気です」


 わあっと歓声が湧く。

 今は産婆の補助員が産湯できれいにしているので、もう少し待ってほしいと一言言って産婆は産室へと戻った。

 それから二十分後、産室での面会を許可され皆ウキウキと向かうと、生まれたばかりなのに既に美形な赤ん坊を見て、『これは将来はかなり女を泣かせるね』と笑いながら言い合った。

 そんな姿をリージェとロイは微笑みながら見ていた。


 補助員は今夜はここに泊まるが、今は気をつかってリビングで待機している。

 産婆さんはついさっき帰って行った。

 また明日リージェの様子を見に来るから、とにかくゆっくり休むように、と言っていたが、赤ん坊を囲む女達が姦しく、眠ることはできそうにない。

 しかしリージェは、この赤ん坊が愛されているのだと感じて嬉しく思う。

 ロイも同じようで、リージェの手を握りながら元魔女達を追い出すことはしなかった。

 そして、元魔女達の輪に入れなかったソミリの夫であるリージェの父は、元魔女達に気付かれないようにリージェに近づき、『お疲れ様。もう少ししたら皆を連れて行くから、ゆっくり体を休めるんだよ』と声を潜めて話しかけた。

 親子としての会話など記憶になかったリージェだったが、父を見て胸が一杯になった。

 父は泣いていた。

 もしかするとリージェを出産した時の母を思い出したのかもしれない。

 そんな気がして、お礼を言いたいのに言葉が出ない。

 思わず溢れた涙が頬を伝うと、ロイがそっとハンカチをあててくれ、『ありがとうございます、お義父さん』と代わりに言ってくれた。

 父は一度頷くと、ぐいっと涙を手で拭い、『さあ、リージェを休ませないと』と元魔女達と部屋から出て行った。

 

 パタン、と扉が閉まると、とたんに淋しいほど静かになる。

 赤ん坊も、息をしているのか不安になるほど静かに寝ている。

 ノックが聞こえ、補助員が入ってきたが、『今夜は私が寝ずに赤ちゃんのお世話をしますから、リージェはゆっくり休んでくださいね』と言い、そっと赤ちゃんを抱っこして部屋から出て行った。

 




 お読みいただきありがとうございます。

 次話は、明日朝7時に最終話を投稿します。


 ブクマや★など、本当に嬉しいです。

 ありがとうございます。





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