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8.魔法が解ける時

 

 アロイスの回復は早かった。

 ネマリエとピアが毎日訪ねてはアロイスに体力回復の魔法をかけていくためだった。

 アロイスを訪ねてくる二人に、国王は北の魔女の様子を聞いたが、『殿下を助けたことも、暫く匿っていたこともすっかり抜け落ちている』と聞いて、すべてはもとに戻ったのだと確信した。



 アロイスは体調が戻ってすぐ、国王の執務室を尋ねると、『立太子の儀の前に、国内を視察したい』と願い出た。

 王太子となるとリアルな市井の生活ぶりを確認できないから、と言われ、国王は確かに自由が効くうちに色々見て歩いたほうが良いだろう、とその願いを聞くことにした。

 もちろん護衛はつく。

 お忍びと言っても影から守るものも合わせると大所帯になるだろうが、少し前に弱った状態のアロイスを見た国王は、国内を見たいなんてことが言えるほど元気になったことに、神に感謝を捧げた。


 ルートはあっという間に決まった。

 王都を出て一番最初に東へ向かい、国境沿いの街をグルリと時計回りに移動して、最後にまた東の街を見てから王都へ戻る。

 日程はすべて合わせて二ヶ月で、なかなかハードなスケジュールを組んでいた。

 しかし立太子の儀の前にこれ以上の時間的余裕はなく、国王は無事を祈って送り出した。


 

━━━東の街に着きました。人々は活気に溢れ、子供も親の手伝いをすすんでしているように見受けられます━━━

━━━南の街に着きました。未だ冬であるはずですがとても暖かく━━━


 定期的に送られてくるアロイスからの手紙を、国王は一言一句逃さないように読む。

 読み終えるとそれは王妃の手に渡り、王妃が大切に保管している。

 アロイスからの手紙からはこれといって変化は感じられないし、護衛からの報告にも記憶を取り戻した気配はないとある。

 ただ、国王はアロイスが無事に帰城するまでは安心できなかった。

 国境沿いの街を見て歩いているのだから、もしかするとそれぞれの魔女が住む森も訪ねるかもしれない。

 東と南は何事もなかった。

 西は記憶の改竄について話すことを禁じたため、話すことは無いと思いたい。

 問題は北だ。

 北の魔女も記憶の改竄は済んだと報告はされた。

 たとえ顔を合わせたとしても初対面として終わるはずだが、国王は嫌な予感が頭から離れない。

 そもそもたった一週間匿われただけであれほどの恋慕を見せたのだ。

 次に会ったらまた惹かれ合うのではないだろうか。

 国王は、北に向かったアロイスからの報告の手紙を今か今かと待った。


 

━━━今年の冬は厳しかったそうですが、北の地は備えが万全だったようで何ら問題なく過ごせたそうです。現在のこちらは遅めの春で、木の新芽や草花が温かく迎えてくれました。次はまた東に向かい、帰城します。帰城は十日後を予定していますので、手紙が着く頃には東を出発している頃でしょう━━━



 北の地を出発する直前に書かれたと思われるアロイスからの手紙を読み終えると、国王はやっと終わったと安堵した。

 北の魔女とは一度も会っていない、と護衛からの報告も届いており、残るはアロイスの戻りを待つだけだ。

 しかしこの手紙が届いた翌日、国王の元に予想外の知らせが届く。


 アロイスが馬車ごと雪崩に巻き込まれ他界した


 それは東の地から王都に向かう途中のこと。

 東から王都へと向かう最短ルートは山道だった。

 北ほどではないとはいえ、雪の残る山道を進むアロイスが乗った馬車に雪崩が襲いかかったのを、十メートル後ろからついていた数人の護衛や使用人達が目撃し、一人が急いで近くの街へ馬を走らせ助けを求め、他の者達は懸命に馬車を探し、救助のために雪から馬車を掘り起こした。

 しかし掘り起こされた時に見たものは、雪に押しつぶされ壊れた馬車と、その壊れた馬車の木片に腹部を貫かれ大量に出血し冷たくなったアロイスの姿。

 それでも急遽用意した馬車にアロイスを横たえ、近くの街へと急ぎ医者に見せたが、やはり既に息絶えたと言われるばかりだった。

 城から調査のために派遣された文官は、雪崩を目撃した護衛達に話を聞いた。

 立太子間近のアロイスを狙った犯罪も疑われたからだった。

 

 山道を超えている最中のことで、残雪も例年よりあった。急いで抜けてしまおうと馬車を急がせた時に、突然上から大量の雪が滑り落ちてきて馬車に襲いかかった。

 

 複数の証言はほとんど同じで、そこに事件性はない。

 広範囲の雪崩だったため、巻き込まれた馭者や護衛達も骨折や凍傷などはあったが、死亡したのはアロイスただ一人。

 不幸な事故として片付けるには些かきな臭さも残ったが、結局この件は多数の証言により事故として処理された。

 国王は城に着いたアロイスの遺体を呆然と見つめ、認めたくない事実に項垂れることしかできなかった。

 




「うわあ、すいぶんと大きなイノシシを仕留めたな。これ、一人で倒したのか?」

「ああ。こいつが気付く前にやれたよ。こいつが先に気付いていたら、逃げられたか襲われたかだったな」

「まだ若いのに、お前の腕前はこの辺りの狩人の中では一番だな。これから矢を買いに行くんだろう?買い終わるまでに捌いておくから、お前の取り分を忘れずに持って帰れよ」

「ああ。今日はリージェが水路の補修を依頼されたから、それが終わったら一緒に寄るよ」

「そうか。カミさんがリージェに用事があるって言っていたから、リージェが来るって話しておくよ」

「ああ。それじゃまた後で」



 第二王子が他界し、半年間の服喪期間があった。

 喪明けからすぐ、北の地では冬の準備が始まる。

 まだ秋になったばかりだが、北は冬が早い。

 少しずつ準備し冬を迎えるのだ。

 まだ若いこの猟師が猟ってきたイノシシも、これから捌かれ干物にされるか塩漬けにされるのだろう。

 この猟師は自分の取り分をもらい、それ以外は売る。

 冬の前に少しでも多くのタンパク源を用意したいと思い、毎日狩りに出ている。

 それは街の人々のためでもあるが、愛しい妻のためにということが一番だった。


「ロイ!」


 遠くからこの猟師を見つけたリージェが、手を振りながら早足でよってくる。


「リージェ、だめだよ。ゆっくり歩かないと危ない」

「このくらいは大丈夫よ。狩りは終わったの?どうだった?怪我はない?」

「心配性だなぁリージェは。怪我なんてしないさ。大丈夫だよ。それより今日の獲物は大きかったから、ここまで持ってくるのが大変だった」


 ロイと呼ばれた猟師は、リージェを優しく抱きながら話をする。

 片手はリージェの肩を抱き、もう片方はリージェの腹部を撫でている。


「動いた?」

「まだわからないわ。でももうすぐわかるって産婆さんが言ってた」


 リージェは妊娠四ヶ月だった。

 七ヶ月前にあった雪崩事故の直前からリージェと一緒に住むようになったロイとの子供だ。

 ロイは十六歳、リージェは十八歳と若い夫婦だが、ロイの弓や剣の腕前は一流で、魔女であるリージェが妊娠出産期間に休んでも生活は心配ない。

 


「王籍に戻った王女様が、将来の女王になるって発表されたわ」

「あそこは夫婦揃って優秀だから、この国は安泰だな」


 リージェとロイは近くの食堂に向かって歩きながら話す。

 ロイの銀色の髪がフワフワとなびいて、周りの女達の目をひいていた。

 

「今日も私の妖精さんはモテモテね」

「そうか?俺はリージェ以外は目に入らないからな。全く興味がない」


 俺、と言葉遣いは変わったが、ロイはアロイスで間違いない。

 アロイスは記憶の改竄をされる直前、西の魔女から、『体調が良くなったら、なるべく早く国内の視察をするように』と言われ、さらにあることを伝えられていた。

 

「では、殿下の記憶からリージェを消します。ああ、そうだわ。一つだけ伝えるのを忘れていました。記憶を消すと言っていますが、正確にはリージェに関する記憶を隠す作業です。隠れているだけですから、殿下の頭の中にはリージェはいますよ。それに、殿下はリージェを思い出しますよ。しばらくリージェを忘れても、今日の私の言葉は忘れないはずです。良いですか、体調が良くなったら、なるべく早く国内の視察をしてください。もしリージェを見つけたら、その時には魔法が解けます。リージェを思い出したら、このペンダントヘッドを握って私を呼んでください。無償で手を貸します」


 実際、アロイスはこの時の言葉を忘れなかった。

 リージェという女性が何者なのかは忘れたが、すぐに行かなくてはいけないと心の何処かで焦りのようなものを感じ、国内の視察を始めたのだった。

 東の地から西の地までは、なぜ西の魔女がそんなことを言ったのか分からなかった。

 しかし北の地を見ている時に、ふと思った。


 自分は北の地の民を見ているようで、実は誰かを探している。


 視線は道行く民の顔を見ていたが、その都度心の中では、『違う。また違う』と確認していることに気がついたのだ。


 北の地に着いて三日目の、まだ日が昇ったばかりの早朝のこと。

 なぜか目が覚めてしまったアロイスは、宿屋の部屋の窓から外を見ていた。

 いったい自分は何を探しているのだろう。そんなことを考えながらぼんやりと窓からの景色を見ていたアロイスの視界に、フワリと光が現れ直後に二人の女性がその光の跡に立った。

 

「ジョージさん!ミルナさんのお母さんを連れてきましたよ!」


 向かいのパン屋の扉を開けるやいなや、若い女性がそう言って連れのお婆さんを店の中へ促す。

 お婆さんがミルナの母なのだろう。

 そう考えながら若い女性を見たアロイスは、全てを思い出した。


 見つけた。

 リージェを。

 自分の中のリージェの記憶を。

 

 アロイスは常に身につけていたペンダントヘッドを握り、扉の外にいる護衛に気付かれないよう小さな声で西の魔女を呼ぶ。


「あら、随分と早起きですね、殿下」


 直後に姿を現した西の魔女は夜再訪すると伝えると、アロイスの前から消えた。

 アロイスの前から消えた西の魔女ソミリは、すぐに南のネマリエと東のピアの元へ行き、考えていた計画を実行するための作戦を練り始めた。









 お読みいただきありがとうございます。

 次話は、明日朝7時に投稿します。


 ★やブクマ、励みになります。

 ありがとうございます。


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