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7.アロイスの願い


 ピアは言いたいことを言うと、さっさと立ち上がった。

 国王陛下に対して無礼な態度と言葉遣いなのは百も承知だ。

 しかし身分は国王が上でも、この国での関係性でいったら魔女と国王は対等だ。

 苛立たしく立ち上がったピアの態度にこのまま行かせてはいけないと感じた国王は、『もう少し話を』とピアに縋ったが、ピアは一瞥をくれただけで、『早くアロイス殿下の様子を見に行きたいんですよ。随分と衰弱していましたからね』と言ってさっさと歩き出した。

 国王はピアの後ろをついて歩く。

 国王よりも年配なのに、ピアの足取りはしっかりとして早い。

 あっという間にアロイスの部屋に到着すると、ピアは後ろを振り返り国王に向かって、『言葉を出さないと約束するなら、中へ一緒に入ることは可能だ』と伝えた。

 国王はなぜ話してはいけないのか分からなかったが、今はアロイスの状態を知ることが先決だと、『言葉は出さない』と頷く。

 ピアが国王に何かを呟くと、国王の姿が薄くなる。

 

「言葉を出すと姿が見えてしまう。そんなことになったら、アロイス殿下が今より酷くなるかもしれないよ。良いですか。言葉を出しては駄目ですよ」


 そう国王に言うと、ピアは国王と二人でアロイスの部屋の中へ転移した。

 

 

 ピアは、先ほど部屋を出る時と同じ状態のアロイスの傍により、『東のピアが来ましたよ』と声をかけた。

 アロイスはゆっくりと顔を上げ、『話を聞かせて』と切なげに言う。

 しかしピアは、『まずなぜこうなったのか教えてほしい』とアロイスに尋ねた。


「なぜこうなったのか?分からない。ここに戻ってきてから、私はリージェを迎えに行くことばかり考えていた。ここにリージェが来れないなら、私が北の森に行くべきか」


 アロイスは膝を抱え一点を見つめながらゆっくり話す。

 ピアの隣には国王がいるが、アロイスは見えていない。

 

「父である国王にも伝えたんだ。リージェを迎えに行く、リージェを妻に迎えたいと。しかし、一笑に付して終わりだ。お前には隣国の王女との婚約が決まったと言われたよ」


 コホコホ、とアロイスは軽く咳き込む。

 ピアは魔法でグラスに入った飲水を用意し、『飲んでから話してくださいよ』とアロイスに手渡す。

 アロイスもそれを素直に受け取り、コクリと一口飲んでふう、と息を吐いた。


「私はリージェじゃなければ駄目だ。リージェ以外となんて、考えられない。しかしもう立太子の儀に合わせて婚約式もすると公示されてしまった。もう、リージェに会えないなんて······ああ、あの時ジョーアン兄上に殺されていれば良かった」


 ピアの隣で国王が口を開きかけたので、ピアが慌てて手で抑える。

 国王もすぐに約束を思い出したようで、姿勢を正した。

 それを確認するとピアはアロイスとの会話に戻った。


「今、アロイス殿下の記憶からリージェを消し去るという話が持ち上がっているんですよ。アロイス殿下がリージェを思って苦しいのなら、それも一つの選択です。どうします?消します?」

「嫌だ!消さないでくれ!あんなに幸せな記憶を消されたら、私はずっと淋しい記憶しか残らない。リージェに会いたい。お願いだ。東のピア殿。私の依頼を聞いてほしい。リージェに会わせてほしい。リージェとこの先もずっと一緒に居たい」

「会わせることは可能でも、ずっと一緒にというのはリージェの気持ちもあるから約束はできないですよ」

「······私が王子でなければ良かったのに······」


 アロイスはそう呟くとまた顔を伏せた。

 国王はアロイスを見つめている。

 ピアは、『また来ますよ』とアロイスに声を掛け、国王と部屋を出た。



「西の魔女には二人の記憶の改竄を罰とする。アロイスから北の魔女の記憶を、北の魔女からアロイスの記憶を消すことだ」


 国王の執務室に戻り今後の話を再開すると、国王がそう言い切った。

 

「二人は出会わなかったことにすると?」

「そうだ。西の魔女は、記憶の改竄を話すことも禁ずる」


 ピアは、『承知しました。では私とネマリエはその時に立ち会いましょう』と言い残し、北の森へと戻った。

 



 北の森ではリージェとネマリエがピアの帰りを待っていた。

 ピアが戻ると、二人は西の魔女のしたことをすべて聞いた。

 そしてピアはアロイスの現状もリージェに話す。

 リージェはアロイスの現状にショックを受け、国王が下した西の魔女への罰も、悲しく辛いが理解できた。


「アロイス殿下の状態があまり良くないから、これから城に行ってくる。戻り次第リージェの方だ。何もリージェの記憶までいじること無いと思ったけど、国王の判断だからね。リージェにはかわいそうなことだとは思うけど、私達が戻って来るまでに心を決めておいて」


 ピアは苦しそうにリージェに言うと、リージェはただ黙って頷いた。

 リージェも辛いのだろう。

 そうピアはそう考えると、早く帰ってきて早く楽にしてやろうと思う。

 ネマリエとピアはすぐに城へ転移し、アロイスの部屋へと向かった。

 



 アロイスの部屋の前に南と東の元魔女が来たことは、すぐに国王に伝えられ、国王もアロイスの部屋に向かった。

 西の魔女も間もなく魔力封じの拘束具をつけ、アロイスの部屋に来る手はずになっている。

 ネマリエは国王が到着すると、アロイスの部屋の鍵をあけた。

 国王がいの一番に扉を開け中へ入る。

 国王に続いて数人の護衛の騎士も入り、最後にネマリエとピアが入った。

 アロイスは壁によりかかり、足を投げ出してぼおっとしている。

 先ほどとは違う態勢だが、いろいろと限界が近いように見える。

 ネマリエは話に聞いて想像していたが、それ以上の状態に言葉が出ない。

 国王は静かに近寄り、優しく抱きしめた。

 しかし、それにも反応しないアロイスだったが、視界に西の魔女が入ったとたんに体を硬直させる。


「お前っ、近寄るな!」

「おいたわしい、殿下。失恋から立ち直れずにいるのですってね」


 どこか馬鹿にしたような口調の西の魔女に、アロイスはさらに怒りをぶつける。

 しかし、いかんせん体力が怒りに追いつかない。

 ゼエゼエと肩で息をしていると、拘束具をはずされた西の魔女がアロイスの目の前に移動してくる。

 

「陛下、では依頼通り、いえ、罰ですね。これから魔法をかけて殿下からリージェを消しますので、陛下と騎士の方々は部屋から出てください」

「出るのか。分かった。くれぐれも━━」

「わかってますよ。これは罰ですからね。きちんと仕事はしますから大丈夫です」


 西の魔女のソミリがそう言うと、国王は部屋を出ていく。

 その後ろ姿を三人の魔女は見送ったが、すぐにアロイスに向き合う。


「リージェを消す?やめてくれ、私からリージェを消さないでくれ!」

「殿下。殿下はもう限界です。リージェを忘れて立派な王太子になってください」


 ピアがアロイスの体を押さえながらそう言うが、アロイスはその腕から逃れようともがいて聞こうとはしない。

 見かねたネマリエがアロイスを魔法で拘束すると、アロイスはポロリと涙を流して、『いっそのこと殺してくれ』と哀願した。

 全くの無表情でその様子を見ていたソミリは、アロイスの顔を覗き込むようにして、『リージェを忘れて、体力を戻し体調を万全にしてください』と言いながらアロイスの額に右手を添える。


「では、殿下の記憶からリージェを消します。ああ、そうだわ。一つだけ伝えるのを忘れていました。記憶を消すと言っていますが、正確にはリージェに関する記憶を隠す作業です。隠れているだけですから、殿下の頭の中にはリージェはいますよ。それに━━━」


 ソミリの続く言葉に、『この女はまた余計なことを』とネマリエは思ったが、あえて放置した。

 ピアにもソミリの言葉は聞こえていたようだが、こちらもそのまま放置し、二人の様子からこれからかける魔法を肯定されたと思ったソミリは、邪魔が入る前にさっさとアロイスに魔法をかけた。

 ソミリの手がアロイスの額から離れると、アロイスは意識を失いグラリと倒れ込む。

 ピアが慌てて体力回復の魔法をかけ、その間にネマリエが騎士を呼びアロイスをベッドに移動させるように伝える。

 ソミリはアロイスを見ながら、近くに来た国王に、『終わりました』と告げた。


「西の魔女の夫は、無事に開放できた。今は客室で休んでいる。会いに行くと良い」


 国王がソミリに伝えると、ソミリは、『ありがとうございます』と深々と頭を下げ、案内役の騎士と共に部屋を出ていった。

 ネマリエとピアも国王に頭を下げ、ソミリに続いて部屋を出る。

 国王の視線には、ネマリエの魔法で若干顔色が良くなったアロイスがスヤスヤと静かに寝ている姿があった。


 メイド長の指示で、消化に良い胃に優しいものをという連絡はすぐに調理長へと伝わり、約二時間後、アロイスが目覚めると温かいミルク粥が運ばれてきた。

 その間、ずっとアロイスの傍にいた国王は、少しずつ粥を口に運ぶアロイスに、『隣国の王女との婚約が決まった』と伝えると、アロイスは顔色一つ変えずに、『そういえばそうでしたね』と答え、さらに粥を口に運ぶ。

 国王はさらに、『北の魔女は知っているか?』と尋ねると、『北の魔女?たしかまだ若いはずですよね。他の魔女に面倒を見てもらってるんでしょうか。······それが何か?』と不思議そうに国王を見つめた。

 

「ジョーアンが幽閉された経緯を覚えているか?」

「ああ、私は兄上に刺客をおくられたのでしたね。兄上と、三人の男が襲いかかって来たのを覚えています。その後、雪の中に埋もれた私を助けた······雪?埋もれた?誰が助けてくれた?」

「ああ、無理して思い出さなくて良い。ジョーアンは病気療養ということにしてあるから、それだけ覚えていてくれ」

「分かりました」


 ちゃんと北の魔女の記憶が無くなったのだ、と国王は思い、ほっと胸をなでおろす。

 これで良かったのだ。

 国王はもう北の魔女を話題にするのをやめようと考えながら、執務室へと戻って行った。

 





 お読みいただきありがとうございます。

 次話は明日朝7時に投稿します。


 ★やブクマ等、ありがたいです。

 ありがとうございます。


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