6.西の魔女の謀
アロイスの現状について話があると伝言を頼むと、すぐに国王の執務室へと通された。
ソファに座るように言われ素直に座ったピアは、国王と王妃を前に勇気を出して人払いを願う。
周りの護衛たちはピリついたが、国王夫妻はすぐに人払いした。
ピアは念のために国王に許可をもらい防音の魔法をかける。
「それで、アロイスはどうなのだろうか」
国王も人の親なのだな、とピアは感心したが、これからの話次第ではリージェが罰せられる可能性があることを思い出し、気を引き締めた。
「いつからあの状態でしょうか」
「一週間前から少しずつおかしくなってきて、完全に部屋に籠もるようになったのは四日前からです」
泣きそうな顔の王妃が即答した。
「四日、食べていないのはマズいですね。ええと、わかりやすく言うならば、殿下は魔女に失恋した男の症状のように見えます」
ピアは言葉を選びながら説明したが、最悪の場合は死んでしまうと言うやいなや王妃が気を失ってしまった。
国王が慌てて護衛を呼び、王妃を別室で医師に診てもらうよう手配すると、またピアの前に座った。
「あと何日この状態なのかは分からないのだろうか」
「そうですね。そればかりは殿下の気持ちなんでなんとも」
「魔女の魔法で治せないのだろうか」
「例えば?」
「北の森の魔女を忘れさせる魔法とか」
「記憶の改竄とかは禁忌になるので、さすがにこんな年寄りでもしたくないです」
「そうか。ではどうしたら······」
「とりあえず西の魔女が話す気になったのなら、そっちを先にすませます」
「そうか。すまなかった。では聴取担当の文官をつけるので、一緒に牢へ行ってすべて聞き出してほしい」
「分かりました。できる限りやります」
暫くすると担当の文官がやってきたので、ピアは他にも騎士を二人連れて牢へと向かった。
牢は城の地下にあり、空気がヒンヤリとしている。
長い通路の突き当りに扉が見えた。
扉の前に立つと魔力封じの結界を強く感じる。
この特別な牢は、建国当時に四人の魔女が力を合わせて結界を張ったという場所だ。
扉の向こうは魔法が一切使えなくなるようになっている、と聞いたことはある。
さすがに強力な魔力を感じ、ここの結界は魔女一人では解けないとピアは息を呑んだ。
護衛の一人が鍵を開け、扉を開けると、『どうぞ』とピアと文官を中へ促す。
扉から十歩歩くと鉄格子に行き着く。
その向こうに西の魔女のソミリが、毛布にくるまりベッドに座ってピアを見ていた。
「おやまあ、なんてザマだよ」
「ピアさんか。てっきりリージェが来るかと思ったのに」
「リージェはこんな所に来れないよ。それともリージェをこさせたかったの?」
「そうね。最後に懺悔を聞いてほしかったんだよね」
「もう放っといてやんなよ。あの娘は頑張っているんだから」
「そうなんだよね。あの娘は頑張り屋だよね。だけどね、本当ならいるはずの家族を貰っちゃったから、やっぱりそれは悔いているのよ。だから、リージェに幸せになってもらおうと思ったんだよね」
「私とネマリエもリージェの幸せは一番の願いだよ」
「ふふふっ。でも、具体的に動いてないでしょ」
「なんのこと?」
文官はこの雑談も魔法で紙に書き起こしている。
ピアは一刻も早く今回のアロイス殿下襲撃について聞き出して、国王とアロイスについての話の場に戻りたいのに、ソミリはのんびりとした口調でリージェについて話している。
少しイライラしてきた時に、ソミリがいきなり本題に入った。
「ジョーアン殿下から、今回の依頼が来たのは今から三ヶ月前だったわ。でもね、内容が内容だからすぐには引き受けなかったの。そうしたら、旦那を人質に取られちゃってさ。仕方ないから受けることにしたの。でも魔法で殺すのは嫌だって言ったら、襲撃犯は別で用意するから、魔法で補助をして確実に襲撃が成功するようにしてくれればそれで良いって譲歩してくれてね。それから私はバレないように暫くアロイス殿下を監視する日が続いたわ。アロイス殿下って、真面目なの。毎日国内外の治世を勉強してるし、剣の鍛錬も毎日早起きしてやっているの。知ってた?あんなに綺麗な顔してるのに剣も凄いのよ。正直、少しは休みなさいよって呆れたわ。十五歳よ?遊びたい盛じゃない?でもね、ふと思ったの。ああ、こんな男がリージェの旦那になってくれたら良いなって」
突然出てきたリージェの名前に思わずギョッとしたピアは、文官に記録の中断をお願いしようかと焦った。
しかし、そんなピアなどお構いなしにソミリの話は続いている。
文官も聞き逃すまいと前のめりだ。
「国王陛下から王太子をアロイス殿下にすると王子二人が言われた日にね、作戦決行だってジョーアン殿下に言われたの。迷ったわ、真面目な弟を殺すヤツがゆくゆくは国王になるのか、その手伝いをして良いのかってね。でも、私も旦那に会いたかったの。だから迷いながら襲撃の補助をしたわ。最初はアロイス殿下の動きを鈍くする程度。だけど毎日鍛錬している成果が出たって言うのかな。襲撃犯の剣を飛ばしたり、それなりに反撃もしていたわ。やっぱり王太子はアロイス殿下が良いなって思ったけど、アロイス殿下が無事だと旦那が殺されちゃうからね。かわいそうだと思ったけどアロイス殿下の自由を奪ったわ、魔法で。そうしたら三人の襲撃犯は、アロイス殿下をボコボコに殴りだしてね、さすがに見てられなくなって北の森に飛ばしちゃったのよ。運が良ければリージェが救助してくれるだろうし、運が悪かったら凍死で私が受けた依頼が完遂する」
「ソミリ、あんたなんてことを」
「どう?結果はリージェが救助してアロイス殿下は生き残ったんでしょ?」
「あんたが襲撃犯とジョーアン殿下を縛り上げたのはどうして」
「だって、首謀者と実行犯を逃がすなんてことは依頼に入ってなかったからね」
「あんた、最初からこのことを詳らかにするつもりだったの?」
「やっぱり、悪いやつが国王になるのは、ちょっとねぇ」
「それでアロイス殿下が凍死してたらどうするつもりだったのさ」
「そこからは国王陛下が判断することよ。無かったことにして箝口令を敷いてジョーアン殿下を立太子するのか、はたまた降嫁した王女の王籍を戻して女王にするのか。で?今どうなってるの?」
「アロイス殿下は隣国の王女との婚約が決まったよ!」
「あれぇ?二人は恋に落ちなかったの?絶対に惚れ合うと思ったのに」
「あんたは、あんたは本当に余計なことばかりする女だよ。リージェがかわいそうだと思わないのか?王子が平民の魔女と結婚できるわけないでしょうが!」
「もしかしてリージェ、振られちゃったの?」
「リージェは泣く泣く断ったんだよ!分かるかい?それによって殿下がどうなっているのか!」
「あ、あれ?もしかして病んじゃってるのか━━」
「そうだよ!あのままじゃ死んじゃうよ!」
「ええ?そんなつもりはなかったんだけど」
「とりあえずあの襲撃についてはこれでおしまい?付け足すことは?」
「ないわ」
「ソミリ、殺しまでは請け負ってなかったんだね」
「まあ、そうね。魔法では殺したくないって言ったのを受け入れてもらったから」
「じゃあ、襲撃の補助だけならペナルティは命五年くらいか」
「そうね。」
「とりあえず話は分かった。私は行くよ」
「ねえ、私の旦那は?」
「あんたの旦那の居場所なんて知らないよ。西の森に居るんじゃないかね」
「だって、旦那を開放する前に私も捕まっちゃったから、まだ捉えられたままだと思うの。ねえ、旦那を助けて。西の森に帰してほしいの」
「はあ。なんでそんなことまで······まあ、やってみるけど期待しないでよ」
「ありがとう。期待しないけど信じてるわ」
「勝手なことを」
ピアは文官と国王の執務室へと戻った。
国王と宰相が居る前で、文官が魔法で記録した文章を宰相へ渡し、二人が読み終えるのを待つ。
文官は牢から出る直前まで記録していたため、西の魔女の夫がどこかに捉えられていることまで国王と宰相は理解し、第二王子が管理している離宮をくまなく捜査するよう命じてから、ピアへ向き合った。
「良く分かった。アロイスがあの状態になったのも、西の魔女が一枚噛んでいたことも······記憶の改竄は禁忌になるとの話だったが、アロイスから北の魔女の記憶を消させることを西の魔女への刑としたい。東のピア殿はどう思うか教えてほしい」
「私としては記憶の改竄はあまりしたくないです。禁忌を破った罰として少なくとも五年以上魔法が使えなくなりますから。ところで第一王子の処罰はどうなさるつもりですかね」
「今、自室で幽閉しているが、場所を変え王族専用の貴族牢に入ることになるだろう。そして死ぬまで出すことは無い」
「対外的にはなんと説明するので?」
「ジョーアンは病気療養か。側妃と伯爵家も処罰せねばな」
「西の魔女はきっとリージェに、アロイス殿下からリージェの記憶を消したことを話すでしょう。アロイス殿下を助けたリージェは、それを聞いて悲しむことでしょうね。それを見越しての記憶の改竄ですか?他の刑罰では駄目なんですかね」
「脅されたことには同情もするが、王族への殺害未遂になるからな」
「依頼は殺害ではなく、襲撃犯の補助でしたが」
「大差ない」
「なるほど。分かりました。それを陛下が決めたのなら、私には何も言うことはありません。ええ、この国で陛下の言葉は絶対ですから。しかし私はね、リージェがかわいそうでね。あの子はアロイス殿下を思って泣いているのに、その殿下の記憶からリージェが居なくなるなんて、こんな非情なことは無いと憤りを感じますよ。南のネマリエも同じでしょう。我々二人はリージェの親みたいなものですからね。さて、では最後にアロイス殿下の顔を見てから帰りましょう。こんな所には一秒も長く居たくないんで失礼しますよ」
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