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4.二人の訪れと別れ

 

 この日の夜は雪がやんだ。

 相変わらず外は静かだったが、リージェの家の中では暖かく楽しげな声が遅くまで続いた。

 二人で料理本を見ながら話を始めたが、あれこれ脱線してはまた料理の話に戻る。

 そんなことの繰り返しを、リージェは今まで感じたことのない気持ちで楽しんでいた。

 そしてそれはアロイスも同じようで、自分の失敗談を面白おかしくリージェに話しては屈託なく笑っている。


「ああ。こんなに安心していられるなんて信じられない」


 お茶を淹れなおすために席をたった時、ぽつりと零したアロイスの独り言を深く追求してはいけない気がしたリージェは、聞こえないふりをしてやり過ごす。


 

 アロイスの父は常に忙しい。

 何日も顔を見ないことなど珍しくない。

 そして母もアロイスを生んでから体調を崩しがちで、一日中ベッドから出られない日も多かった。

 異母兄は小さな嫌がらせから始まり、ここ数年は異母兄の母の実家も手を貸したようでなかなか手の込んだことをしてくる。

 昨年からは命の危険も感じるようになった。

 姉は既に嫁いでおり、アロイスは特殊な環境下で孤独を感じる日々を過ごしてきた。

 そんなアロイスと、母代わりが二人いてもほとんど一人で生活しているリージェは、お互いの孤独を感じ取り、相手を思いやる時間を重ねていく。

 純粋な二人のその気持ちが特別なものになるのはとても早かった。

 


 アロイスを匿って一週間になる時、アロイスが姉に手紙を出したいと言った。

 アロイスには十九歳の姉と十六歳の兄がいて、姉は既に嫁いでいると以前話してくれていた。

 姉との仲は良好で義兄も信用できると言い、きっと心配しているだろうから無事だと一言知らせたいという。

 アロイスの口ぶりからアロイスに怪我をさせたのは姉ではないだろう。

 そう思ったリージェは、新しい便箋と封筒を街で買ってアロイスに渡した。

 アロイスはそれらを使い、“無事でいるから心配しないでほしい。いつか帰る”とだけ書いて、それを魔法で飛ばしていた。

 手紙を魔法で飛ばすというのは、魔法が使える貴族なら誰でもできることだ。

 リージェはアロイスの背景は聞かないようにしていたが、この手紙でアロイスの家族が捜索しないということは無いだろうと思っている。

 あの剣は家宝だと言っていた。

 それを持ったままいなくなった次男を、家族が放っておくはずがない。

 しかも長男をさしおいて持ち出した次男だ。

 この一週間でアロイスの人柄を知ったリージェは、何か深い理由があるのだろうと思いつつも、アロイスが戻った時に無事でいられるのか心配だった。

 だからあえて家族に連絡することを提案しなかった。

 きっと無事だとわかるとすぐにあらゆる手を使って捜索するだろう。

 リージェは、できれば少しでも長くここに居てほしいという気持ちをぐっと堪えた。



 リージェの予想よりも早く、その日の夕方には捜索を依頼された人がリージェの家にやって来た。

 やって来たのはネマリエとピアの二人。

 


「リージェ、どういうことだい?なんでアロイス様がここに居るんだよ。しかもなんだい、この魔法の重ねがけ。魔女以外には絶対に見つからないじゃないか」


 珍しく慌てた様子のネマリエだが、隣でピアも顔色悪く頷いている。

 リージェはまさか二人が捜索を依頼されるとは思っていなかったので、二人が玄関扉を叩いたときには驚いたが、すぐに二人を室内に通し、居間でアロイスと対面させた。


「アロイス様。ご無事で何よりです。皆様ご心配なさってますので帰りましょう」

「なるほど。東と南の魔女殿に依頼したのか。西の魔女に聞けば居場所などすぐに分かったのにな」

「現在、西の魔女とジョーアン様は幽閉されています。西の魔女からはジョーアン様からの依頼の延長で、詳しい話を聞けていません。魔女は依頼を受けたら完遂するまで内容を話せないんです」

「なるほど。さしずめ兄は私を殺すところまで依頼したのだろうな」


 アロイスが顔を歪めてそう言うと、リージェが入れたお茶を一口飲んだ。

 しかし気持ちは鎮まらなかったようで、珍しくカチャンとカップとソーサーが音を立てる。


「魔女は依頼されても断る権利はあります。しかし引き受けた場合は完遂する前に依頼内容を誰かに話すと、ある程度のペナルティが発生します。例えば軽いものなら一日喋れない程度ですが、今回の状況を考えた場合、完遂する前に依頼内容を話すと寿命が半分削られると思います」

「そんなことは知ったことか。私はリージェに見つけてもらわなかったら死んでいた」


 ピアがアロイスに魔女の秘密を話したが、それは魔女の都合だとアロイスは取り合わない。


 

「西の魔女とジョーアン様が幽閉された経緯を、知りたくありませんか」


 しかしピアのその言葉は、さすがにアロイスの興味をひいたようで、アロイスは、『聞こう』と即答する。


「アロイス様が西の魔女と暴漢三人に襲われたその後、西の魔女が暴漢三人とジョーアン様を縛ってアロイス様の部屋に転がしておいたんですよ。直後に異変を察知した騎士達がなだれ込んできて、暴漢と西の魔女を牢へ入れて尋問を始めたそうです。暴漢が口を割ったのは襲撃の日から三日後で、アロイス様を屠ろうとしたこと、首謀者がジョーアン様だということもその時に言ったそうです。それからジョーアン様も幽閉されたのですが、先程の説明の通り、魔女は依頼を完遂するまで内容を話せませんので、アロイス様をどこへ転移させたのかわからなかったんですよ。西の魔女がその場に居たことから、魔女が関わっているのなら他の魔女に依頼できないと王家は考えていたようですが、アロイス様からの手紙を見て引退した私達に依頼が来たんです」


 リージェは聞き漏らしのないように聞いていたが、王家という単語にピクリと眉を動かした。


「王家?」

「リージェ、知らなかったのかい?アロイス様はこの国の第二王子だよ」


 ネマリエはリージェにそう言うと、アロイスをちらりと見る。

 アロイスは少し目を伏せたが、すぐにリージェを見て、「言わなくてすまなかった」と謝った。

 

 この国は、王女の三歳下に第一王子、第一王子の一歳下に第二王子がいる。王女と第二王子は正妃が母で、第一王子は側妃を母に持つ。

 正妃は公爵家の出身で側妃は伯爵家の出身。

 第二王子が王太子に一歩近いと思われていたが、それは母の出身によるところが大きい。

 そして二人の性格は正反対だった。

 直情的で好戦的な第一王子と、行動を起こす前は慎重に考える第二王子。

 将来の国王となることを考えると、どちらも帯に短し襷に長しといった感じで、それによりどちらが王太子となるか決まっていなかった。

 それが側妃の実家である伯爵家に野望を抱かせたのだろう。

 父である国王が第一王子のジョーアンと第二王子のアロイスを呼び、アロイスを王太子にすることを告げたその日にアロイスは襲撃された。

 半年後に立太子の儀を行うが、その時に剣舞を舞うため家宝である『豊穣の剣』を渡されたアロイスは、襲撃時にも王太子の証であるその剣は腰にさしたまま、普段使いの剣で応戦した。

 三人の暴漢もなかなかの手練れで、防戦していたアロイスに限界が見えてきた時、なぜか突然西の魔女がどこかにアロイスを飛ばしてしまった。しかしなぜ転移させたのか、なぜ襲撃犯とジョーアンを縛って転がしておいたのかは、西の魔女が話さないので分からない。

 ただ、アロイスから姉に宛てた手紙を見た国王が、引退した魔女達に探してもらうことを決め、二人が捜索の魔法で調べるとリージェの家に居ると出たので、二人は慌てて転移してきた、とここに来るまでの経緯を教えてくれた。

 

「怪我はリージェが治してくれた。それに私が匿ってほしいと依頼した。リージェはそれに応えてくれだけで、悪いことはしていない。魔女殿。陛下にそのことを伝えてもらえないだろうか。私は······私は春になったら戻る。そのように陛下に」

「アロイス様、それではいけません。アロイス様の立太子を公表すると、各地からの謁見要請が増えるはずです。無事ならば城へ戻っていただかないと皆さん困ってしまいます」


 アロイスの言葉に被せるようにピアが苦言を呈す。

 ピアの言葉は正しいのだが、リージェには耳を塞ぎたくなるような言葉だった。

 アロイスがいつかは帰ると分かっていても、リージェはまだ覚悟ができていなかった。

 それに、貴族だろうとは思っていたが、まさか第二王子とは思わなかった。

 会いたいと思っても会えない遠い世界の人だったというショックも大きい。

 リージェは息苦しさを感じ、席をたった。

 部屋を出てキッチンへと向かい、水を一口飲むと、その冷たさに頭が冴えてきた。

 トンっと木の椅子に座って窓の外を見る。

 あの日の夜、アロイスを見つけた時は妖精だと思った。

 最初こそ緊張したがすぐに打ち解け、たった一週間しか一緒に居なかったのに別れるのが悲しい。

 この気持ちがなんなのか、リージェはうすうす気づいている。

 しかし、アロイスが第二王子であると分かった今、それは口に出してはいけない気持ちだ。

 たった一週間でこれなら、春まで一緒にいたら離れられなくなる。

 ならばすぐに帰ってもらったら、諦めがつくのだろうか。

 いや、諦められなくても別れなくてはならない相手だ。

 ならばやはり早い方が良いのかもしれない。

 リージェがそう結論を出した時、キッチンにアロイスがやって来た。

 

「リージェ」


 気まずさが分かる声色だ。

 それに気がついたリージェだが、ここは自分が背中を押すべきだろうと深呼吸した。


「アロイス様、襲撃については心配なくなったようですので、とうぞお戻りになってください。依頼は完遂となります」

「リージェ、聞いてほしい。私は一度城へ戻る。だが必ず迎えに来る。だから待っていてほしい。私はリージェと共に━━」

「アロイス様。魔女が男性の気持ちを受け入れたら、その男性は魔女の下僕になってしまいます。王太子になる人が、いずれ国王になる人がそれではいけません。聞かなかったことにします」

「リージェ!私はっ━━」

「さようなら」


 リージェは転移でネマリエとピアの居る居間へ行き、アロイスを帰してほしいと一言言ってまた転移で消えた。

 直後にアロイスが居間に戻ってきたが、リージェの姿が見えなかったため探しに行こうと踵を返したところで、ネマリエが魔法で拘束した。


「すみませんね。しかしこちらも国王陛下からの依頼ですから、アロイス様を帰さないといけないんですよ。ああ、豊穣の剣もお持ちですね。では戻りましょう」


 ネマリエはそのままアロイスと二人で城へと転移した。

 一人残ったピアは、娘のように育ててきたリージェの気持ちを思いながら、椅子に座ってリージェの帰りを待った。





 

 

お読みいただきありがとうございます。

次話はすぐに投稿します。


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