3.同居人
「すまないが、しばらく匿ってほしい」
リージェが提案する前に、アロイスが依頼してきた。
アロイスの怪我について考えていたリージェは即座に了承し、それに伴いアロイス自身に目眩ましの魔法をかけた。
貴族なら王都から飛ばされたのだろう。
目眩ましの魔法は、魔女レベルの魔力量の持ち主ならばあっさり見抜くが、王都からならば北の森はかなり遠い。そのため魔女以外では探索の魔法を使っても見つけられないだろう。
用意したアロイスの部屋にも魔法をかけた。
しかしさらに念のためにこの建物ごと目眩ましの魔法をかけることにし、リージェは呪文を唱える。
五秒もしないうちに終わり、『終わりましたけど、できれば私がいない時は外に出ないでくださいね』とリージェは念を押す。
アロイスも素直に頷いた。
リージェは大変な思いをしたアロイスを気遣い、用意した部屋へ案内した。
「この部屋は窓はありますが、魔法をかけたので外からは中に人がいても気付かれません。しかし二階とはいえ窓を開けると入ってこられるもしれないので、できればやめてください。この扉はバスルームに続きます。お湯は蛇口を捻ると出ます。温度は多分適温ですが、調節したかったら教えてください」
「ありがとう」
「では、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。あ、リージェの部屋はどこだろうか」
「私の部屋は一階です。この部屋の真下なので、この部屋に異変があったらすぐにわかります。安心してお休みください」
「ああ。ありがとう」
「では失礼します」
静かに扉を閉めたが、果たしてアロイスは眠れるのだろうか。
リージェは自分の部屋に戻ってからも二階の動向が気になり、いつもは一度眠りにつくと朝まで起きないのだが、この日は夜中何度も目が覚めてしまった。
いつもより早く起き出したリージェは、朝食を作り始めた。
アロイスは貴族のようだけど、リージェはお貴族様が食べるような物は作れない。
いつものようにパンを用意し、スクランブルエッグと昨日もらったリンゴをカットしテーブルに並べた。
スープはゆっくり火を入れている。
よそえば良いだけの状態にしてからふと気がついた。
貴族は身の回りのことなどしないのではないだろうか、と。
そうなると昨夜は風呂に入れたのだろうか。
もしも介助の依頼をされたら受けるべきか。
そんなことを考えていると、アロイスが居間へとやって来た。
「おはようございます」
「おはよう」
リージェはアロイスを見て、そういえば服も要るなと考えた。
何日ここに居るのかわからないが、若い男性が着る服などない。
今アロイスが着ているのも昨日の服だ。
魔法でそれらしい服を作ろうか、そう考えながらスープを皿によそいテーブルに置いた。
根菜と少しのハムを入れたシンプルすぎるスープだが、我慢してもらうしかない。
アロイスの皿にはハムを多めに入れたが、それでもやはりみすぼらしいだろう。
カトラリーも貴族の家のようにたくさんあるわけではない。
リージェは恥ずかしく思いながら椅子に座ると二人の食事が始まった。
アロイスは出された食事に文句など言わなかった。
それどころか、『美味しい』と言ってすべてペロリと完食してくれた。
「粗末なものですみません」
「何を言っているんだ。どれも美味しかった」
リージェはアロイスから昨日はなかった笑顔でそう返され、後で図書室で料理本を読もうと決意した。
リージェが十歳からほぼ一人でこの家に居るため、ネマリエとピアが少しずつ本を揃えてくれた図書室がある。
絵本も、小説も、学習に関する本もある。
たしか料理本もたくさんあった。
リージェは食器を洗いながら、食材も買いに行かなくてはいけないな、とあれこれと考える。
「リージェ。私は昨日どの辺りで救助されたのだろうか」
いつの間にかリージェの後ろに立っていたアロイスが尋ねる。
考え事をしていたせいか気配に気が付かなかったリージェはとても驚いたが、何事もなかったように振り返り、濡れている手を拭きながら窓際へと移動した。
「あの木と木の間くらいですね。たまたま外を見ていたらあそこに落ちてきました」
「そうか。その時、剣はなかっただろうか」
「剣、ですか。気がつきませんでしたが、探してみましょうか?」
「頼めるか?」
「はい」
リージェは昨夜アロイスが落ちてきた辺りに探索の魔法をかけた。
するとすぐに金属の反応があり、リージェはそれを魔法で手元に飛ばす。
アロイスの目の前に彫刻が美しい剣がフワリと現れると、『ああ、これだ』とアロイスが安堵の表情で手に取った。
「良かった。無くしたかと心配した」
「あって良かったです」
やはり剣を扱う人間なのか、昨日は気が付かなかったがアロイスは剣帯をしていて、手元に戻ったばかりの剣をすぐに装着した。
よく見るとその剣は鞘も柄も彫刻が美しくされ、宝石もはめられて実用的ではない感じだ。
しかし、これを普段使いしているのならとんでもない高位貴族なのではないだろうか。
リージェがじっと見入っていると、アロイスが、『これは我が家の宝物なんだ』と言いにくそうに話し始めた。
「我が家の嫡子が相続するもので、いわばこれを持っていると跡継ぎの証みたいなものだ」
「はあ、そうなんですか。それならば昨夜はさぞご心配だったことでしょう」
「それが、思い出したのは今朝起きた時で、昨夜はぐっすり眠った」
「それはそれは、まあ何とも」
恥ずかしそうに顔を背けたアロイスに、リージェは笑ってしまう。
リージェは昨夜何度か目が覚めたが、大切な宝物すら忘れて寝入ったというアロイスの図太さが笑える。
同時に、貴族を匿うということで緊張はあったが、アロイスなら大丈夫だという安堵感もあった。
リージェは洗い物を終えると、アロイスを図書室へと連れて行った。
窓のない図書室には本棚が壁際にぐるっと一周設置され、さらに天井まである本棚が二つ。それらには両面に本をしまう棚が設けられていて、量は多いと思う。
そして部屋の端にはロッキングチェアと、ゴロンと転がって本を読んでも良いように大きなソファが置かれている。
小さなサイドテーブルもあり、ここで長時間過ごしても快適に居られるように作られた部屋だ。
アロイスもそれら設備には驚いたようで、『へえ、これは良いな』とロッキングチェアとソファの使い心地を確認していた。
「いつでも利用してください」
「ああ。遠慮なく今から堪能しようかな」
「どうぞ。私も調べ物がありますからご一緒させてくださいね」
リージェはすぐに料理本を探した。
アロイスは何があるのかじっくり見ていて、しばらくは椅子に座りそうもない。
料理本は何冊か見つかったが、ペラペラと確認すると中身はほとんどが庶民の食べ物で、貴族用としては不向きな感じだ。
さて、どうしようか。
リージェが本を持ったまま考えていると、アロイスが近づいてきて、『何を調べてるんだ?』と尋ねる。
「貴族の方に召し上がっていただけるような料理が載っていないかな、と」
「私は何でも良いのだが。ああ、匿ってもらっているのだから私が作った方が良いのかな」
「作れるんですか?」
「作ったことはないが、本があるならその通りにやれば良いのだろう?これを機会にやってみるのも良いのではないか?」
「じゃあ、簡単なものを作ってみましょうか」
「よし。では私でもできそうなものが載っている本を探そう」
アロイスは本を手に取り、中身をじっくり読みながらページを捲る。
しかし、一冊見終えると、『今まで料理をしたことがなかったから、どれが簡単にできるのか今ひとつ分からない』と困ったような声を出す。
今朝から随分と表情豊かなアロイスにリージェはまた笑ってしまったが、リージェの笑顔にアロイスも釣られるように笑い、なんだか以前から知り合いだったかのような気持ちになった。
料理の方は結局リージェが作ることになり、アロイスは手伝いをすることになった。
雪は未だに降り続いているため、材料はあるもので賄うことにした。
アロイスの服は、しまってあった父の服を元に魔法で仕立てた。
庶民の服装だがアロイスはこれも受け入れ、不満など無いようだ。
厳しく教育をされたのだろうか、とリージェは考えた。
リージェもネマリエとピアには『常に感謝の気持ちを持つように』と口酸っぱく言われてきた。
感謝の気持ちを忘れなければ、困った時に必ず誰かが助けてくれる。そう言われてきたが、リージェは十七歳になった今でも、ネマリエとピアには助けられてばかりだ。
それなのに感謝の言葉を口にすると、『何言ってんだい。子供は甘えてりゃ良いんだよ』と二人共口をとがらせる。
だから感謝の気持ちを持つという状況が良く分からなかったが、アロイスを見ているとなんとなく理解できた気がした。
もし文句の一つも言われていたら、気分が悪くなって助けようなんて思えなかっただろう。
そういえばあの二人はいつ来るのだろうか。
アロイスを匿っていることを知ったら、あの二人は何と言うだろうか。
ふと不安に感じたが、アロイスの人柄を知ったらきっとあの二人も手伝ってくれる気がして、リージェは二人が早く来てくれると良いなと思った。
夕食には根菜のスープとチキンのハーブソテーを作った。
根菜を切るところからアロイスに教えたが、芋の皮むきはリージェがした。
アロイスに大きさの指定をすると最初こそ慎重に切っていたが、すぐにトントンと小気味よい音を立て刃をいれる様子に、思い切りが良いのだろうなと感心した。
アロイスも実に楽しそうにしていて、チキンのハーブソテーなんて放っておけばいい料理ではなく、もう少し手の込んだものでも作ろうか、とリージェは次を考えていた。
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