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北の森に住む魔女と  作者: 小松しの


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10/10

10.素質と覚悟

最終話です。


「リージェ。可愛い赤ちゃんを生んでくれてありがとう。さあ、ゆっくり休んで」

「うん。ロイもずっとついていてくれてありがとう。疲れたでしょ?ロイも休んで」

「リージェが寝たら休ませてもらうよ」


 アロイスの言葉にリージェはふふっと笑って、『じゃあ、休ませてもらうわ。おやすみなさい』と目を閉じた。

 一分もしないうちに静かな寝息が聞こえ始めたが、アロイスはリージェを見つめたまま部屋から出なかった。


 アロイスは、王家を欺いたという罪悪感はある。

 しかし、リージェを思い出して良かったという気持ちのほうが大きい。

 もし、リージェを忘れたままだったらどうだったろうか。

 何度か考えたが、その都度出る答えは、『いつか、精神が壊れていた』ということ。

 視察に出る前、誰にも言わなかったが、大声を出して物に当たりたくなったことは何度もあった。

 その時に、『連れて来てくれ。会いたい』と強く思うが、いったい誰を指しているのか分からない。

 自分は発狂寸前なのだと思い、余計なことを考えないために日中は忙しく動き夜は泥のように眠る。

 しかしそれも限界に近かった。

 だから宿屋の窓からリージェを見つけた時は、西の魔女に感謝した。

 発狂寸前だった自分の心がすうっと落ち着いたのだから。


 西の魔女にリージェに会わせてもらい、そしてリージェが自分を受け入れてくれたことで、自分はリージェのために生きていこうと覚悟が決まった。

 

 赤ん坊の髪と瞳の色はリージェと同じ明るめのブロンド。

 自分の銀色とは違う。

 顔は自分に似ていたが、これなら王家の血が混じっているとはすぐに分かるまい。

 いつか生まれてくる女の子も、自分に似ないでほしいとアロイスは願う。



 優秀な姉は、成人するとすぐ公爵令息に降嫁した。

 アロイスが思うに、将来国を率いる素質は姉が一番持っていた。

 王家に生まれたものは例外なく幼い頃から教育を受けていて、アロイスもそれが普通だと頑張った。

 歴史地理などはすんなり覚えられたし、貴族間の関係についても理解が早かった。

 しかしどう頑張っても、自分もジョーアンも何かが姉には及ばない。

 それはジョーアンとアロイスについている共通の教師も思っていたようだった。


 アロイスが十四歳になったばかりのある日、授業が終わりアロイスの部屋を辞した教師が手帳を忘れていった。

 すぐに気がついたアロイスは、教師の後を急いで追いかけた。

 退室してまだあまり時間は経っていなかったので、すぐに見つかると思っていたが、アロイスの想像通り大きな柱の横に立って誰かと話している教師を見つけた。

 相手が誰なのかは見えなかったが、悪戯心から教師達に見つからないようにこっそりと近づくと、教師の言葉が耳に飛び込んでくる。


「二人の王子様達はそりゃ優秀ですよ。でもあえてどちらを推すかと聞かれたらアロイス殿下です。ジョーアン殿下は少しばかり我が強くて沸点も低い。アロイス殿下は考え方が真っすぐで、ええ、真っすぐ過ぎて危うい感じはありますけど。まあでも、一番は王女殿下が良いんですけどね。立ち振舞も、思想も、何より雰囲気がずば抜けていますから。陛下が男尊女卑でなければ立派な女王になっていたでしょう」


 その声色は決して冗談めかしたものではなかった。

 それだけにアロイスは衝撃が大きかった。

 思えば、自分とジョーアンは十四歳になっても婚約者は決まっていなかったが、姉は十歳になる前に公爵令息との婚約が決まっていた。

 あれは、父が女王を認めなかった故だったのか。

 ジョーアンが自分に対して些細な嫌がらせをしているのはもちろん嫌だったが、これまで大きな怪我などはなく、本当に些細だと言えることばかりだったので気にしていなかった。

 しかしジョーアンは、教師の前でも何かしら咎められるような行動をしていたのかもしれない。

 外面だけでも良くしていたら、沸点が低いとは言われないはずだ。

 しかし教師の口ぶりでは、その『我が強くて沸点が低い』ことを除くと自分との差は無いようだと言っているように思われ、アロイスは初めて第二王子としての存在価値に不安をもった。

 これまでアロイスは、立派な王族になれるよう勉強も剣も一生懸命取り組んだ。

 悪いことは悪い。王族は清くあらねばならない。

 そう思って生きてきたが、それが危ういと思われているとは驚きだったし、ショックだった。

 ならば自分はどう考え歩んでいけば良いのか。

 結局答えが出ないまま王太子になるよう命じられ、ジョーアンに襲われることになった。

 今思えば、国を率いるためには清濁併せ呑む気質が求められていたのだろう。

 しかし、ジョーアンも自分もそうではなかった。

 父に後継として認められなかった姉だけが持っていた性質。

 

 アロイスは、姉が嫁ぐ前のエピソードを思い出した。

 姉は側妃から毒入りの茶葉を贈られたことがあった。

 お茶会で毒を盛ると足がつくと思ったのか、側妃は、『隣国からの贈り物である茶葉をおすそ分け』として、姉に渡したそうだ。

 しかし側妃がジョーアンを王太子にするために自分のことを邪魔と感じていることを察していた姉は、常に裏の仕事をする者に側妃の動向を調べせていたため、その茶葉は口にすること無く廃棄された。

 しかもはっきりとは言わなかったが、どうやら側妃の実家である伯爵家に側妃から下賜された物だと偽って流されたらしい。

 伯爵や伯爵夫人が病に倒れ、二日ほど嘔吐に苦しんでいるという報告があった。

 王女付きのメイドや侍女達が流行病かと不安がる中で、姉は好みのお茶を飲みながら平然と、『新しい茶葉を沢山混ぜたから平気よ』と言ってのけた。

 どうやって側妃の実家に茶葉を渡したのか、どうして出元が分からないようにできたのか等、姉は教えてくれなかったが、『清く正しく、なんて理想だけでは生きていけないわ。アロイス、お前もきちんと理解しなさい』と言う瞳の力強さにアロイスは、信念を変えなくてはいけないのかと震えたことを憶えている。

 側妃はその件以降、姉には手を出さなかった。

 姉を立太子する気がないと国王が話したのかもしれないが、もし自分ならどう処理しただろうかと想像すると、きっと自分は疑うこと無く毒入りのお茶を飲んで斃れただろう、とアロイスは思う。

 現にアロイスを王太子とすると言われた夜に襲撃された。

 

 自分の立場を分かっていながら覚悟が足りなかった。

 考えが甘かったのだ。

 

 ネマリエにより北の森から王城へと連れてこられたアロイスはそう思い至り、一度は隣国の王女との婚約を受け入れた。

 しかしどうしてもリージェから離れたくない。

 姉からは、『妾妃にしなさい』と言われたが、そもそもリージェ以外の女など愛せるとは思えない。

 

 やはり自分はどうしても甘いのだ。

 

 そんな時、西の魔女からリージェの記憶を隠すと言われた。

 目覚めると確かにリージェに関することだけがすっぽりとなくなり、記憶のあちこちに大きな穴ができた。

 しかし、西の魔女に言われた言葉だけは覚えている。

 視察をしなくては。

 パズルのピースを埋めなくては。

 そんな若干の焦りを持ちながらの視察は、北の地域でリージェを見かけたことでやっと終わりを告げた。

 

 王子としては不完全だったが、アロイス個人としてリージェを愛し必ず守り抜く。

 

 そう決意して、雪崩によりこの国から第二王子を消すことにした。

 アロイスがジョーアンに襲撃されたことは、一部の貴族には知られている。

 立太子の儀までに、側妃とその実家も何かしらの罰を受けるということまでは決まっている。

 だからそれを無視してジョーアンを王太子にすることは、かなり危うい道だ。反乱を成功させてはいけないのだから。

 きっと父は姉を王籍に戻し、後の女王を認めることになるだろう。

 幸い、姉の夫も次期公爵として、また王家に繋がるものとして厳しく教育をされてきたと聞いているし、人間性も能力も高い。

 きっと王配となってしっかり姉を支え、共にこの国を導いてくれるだろう。

 

 突然逃げだしたことについては、これからずっと懺悔を繰り返すことになるだろう。

 それは分かっているが、アロイスは、自分は国王の器ではなかったのだと思っている。

 王位継承は、あのままでは放棄できなかった。

 だから西の魔女からの話は、暗闇に指した光のようだった。

 最初は混乱して答えの出なかったリージェには、自分の気持ちを正直に伝えることで受け入れてもらうことができた。

 

 姉が嫁いだ公爵家は、公爵の次男が継ぐことになるだろう。

 沢山の人を巻き込んでしまったことは、心の底から申し訳なく思う。

 しかし、どうか許してほしい。

 自分にはリージェを諦めることはどうしてもできなかったのだから。

 アロイスは静かに眠るリージェを見つめながら、今までのことを思い出し、懺悔と覚悟を何度も強く考えた。

 

 

 リージェとアロイスは、四人の子供を授かることができた。

 長男、次男、長女、次女。

 それぞれ二歳ずつ歳は離れている。

 

 ある日、当代の東の魔女に教えられたようで、一度だけ東の魔女と共に女王となったばかりの姉が転移して会いに来た。

 次女が生まれたばかりの頃で、突如現れた威圧感たっぷりの女王を前に、長男と次男は長女を背に守りの体制にはいる。

 姉はそれが気に入ったのか、『騎士になり城勤めしなさい』と子供相手に勧誘をし、女王の威圧にも動じない一番度胸のある長女を抱き上げると、『女の子も可愛いものだわ。次女は嫁にもらおうかしらね』と優しく微笑み、十五分という短い滞在時間の間、ずっと抱っこしていた。

 

「この地を治める領主に聞いた。二人共、良い働きをしているそうね。私としては望まぬ王位についたが、アロイスが生きていたのだから良しとしよう。あの優しい弟が唯一力強く主張した幸せを手にしたのだし。リージェには私も世話になる日が来るだろう。その時は“ロイ”と一緒に城へ来ると良い。王太后にも会わせたいしね。まあ、それがいつになるかは未定だが、幸せに暮らすように」


 そう言い残し城へと戻って行ったが、その後長男と次男には木剣の他に宝石付きの剣を、長女には宝石付きの錫杖を、そして次女にはシンプルながらも美しいティアラが贈られてきて、リージェとアロイスをとても困らせたのだった。





 

 


 お読みいただきありがとうございました。

 

 ★やブクマ等、目に見える数字が励みになりました。

 本当にありがとうございました。



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