1.北の森の魔女
ふんわり設定なので、気楽に読んでいただけると嬉しいです。
バンダイル国には魔女が四人いる。
国の東西南北に一人ずつ。
魔女はそれぞれの地区の森の中に暮らしているが、それは決して人々から恐れられているからではない。
それを証拠に、魔女が食材やら生活必需品を買うために街に出ると、たいていお土産をたくさんもらう。
時々魔女を恐れる者もいるが、ほとんどの人々に大変好かれていた。
魔女といっても、普通の人間だ。
ただ、魔力量がとんでもなく多く、使える魔法も多岐にわたるというだけだ。
当然寿命も普通で、物語に出てくるような『三百歳を超えて』なんてことはない。
結婚も好きあった者同士でするし、子供も生まれる。
子供は何人でも生めるが、その中で最初に生まれた女の子は必ず魔女になる運命を背負っている。
北の森に住む魔女リージェも、十七年前に魔女と大工の間に生まれた。
魔女といっても普通の人間なので、出産も普通の人間と同じ。
それはリスクも同じで、リージェの母は、リージェを生むと産後の肥立ちが悪く、残念ながら乳飲み子を残して他界してしまった。
通常、魔女は母から魔法を教わるが、リージェにはそれが不可能となってしまい、これは良くないと思った父が西の魔女にリージェの教育を頼んだ。
西の魔女はリージェより二十歳上で、リージェの両親に歳が近かった。
それが良くなかったのだろう。
リージェの父と西の魔女はすぐに恋仲となり、父はリージェを置いて西の魔女の森へと行ってしまった。
リージェが三歳になる前のことだった。
そのことにすぐに気がついた南の魔女と東の魔女は、交代でリージェの面倒を見て、さらに教育もしてあげた。
リージェが南の森に居る時は東の魔女と西の魔女が北の魔女のテリトリーを管理し、リージェが東の森に居る時は、南の魔女と西の魔女が管理する。
西の魔女はさすがにリージェに罪悪感を持っていたため、北の魔女のテリトリーの管理は責任をもってする、と言ったのだが、リージェの父がそれを嫌がった。
魔女は普通の人間と同じと言ったが、一つだけ違うことがある。
魔女に恋した男は、一度でも魔女に受け入れられると酷い執着をみせる。
それはまるで良くない薬のように、徐々に精神に干渉していく。
愛する魔女さえ隣りに居れば、他人はもちろん子供もどうでもいいと思うようになってしまう。
魔女に受け入れられた男は、夫となると魔女の身の回りの世話を焼く。
魔女の仕事が滞り無く終えるよう下僕のようになるが、それは夫の仕事であり唯一の幸せとなる。
リージェの父はリージェの母と死別したことで、一度はその干渉から逃れリージェを愛情を持って育てていたが、西の魔女を愛するようになり、また受け入れられたことでリージェはどうでもいい存在になってしまった。
自分を置いて他に目を向けるなとリージェの父は西の魔女に頼み込んだが、さすがに西の魔女はリージェに対して罪悪感を持っていたため、リージェが独り立ちできるようになるまで南の魔女と東の魔女に協力してもらい、北の魔女のテリトリーを管理することにしたのだった。
幸いというのか、リージェは魔女としての素養が高く、十歳を迎える頃にはたいていの魔法は使えるようになっていた。
だからリージェは南の魔女と東の魔女に礼を伝え、北の森に帰ってきた。
北の森にあるリージェの家は、魔女達の手により清潔に美しく保たれていた。
北の森に一歩入ると懐かしい空気がリージェを包む。
三歳になる前にこの地を離れて南と東で生活していたが、北の森はリージェを長く待っていたのだ。
暖かく歓迎されたことを感じたリージェは、『ただいま』と帰還の言葉を口にし、大地にキスをした。
さあっとふいた風がリージェの頭を撫でる。
それはまるで母が子の頭を撫でるような、深い愛情を感じさせるもので、その瞬間からリージェの心に北の魔女の自覚が生まれた。
魔女の仕事はいろいろだ。
町民の願い事、例えば大雨で川が氾濫しそうだから助けて欲しいと請われると、堤防を高くかつ強固なものとしたり、子供が人攫いにあったから助けて欲しいと請われると、子供の居場所を捜し出し、即座に人攫いを魔法で拘束し、街の衛士に渡す。
自然の摂理に反しない程度の願いなら請け負うのが、今の魔女の仕事だ。
昔は隣国との争いに出ていたそうだが、魔女は隣国に攻め入ったりはしない。
隣国にも魔女はいるので、攻め込んでも相手国の魔女に防がれ、結局無駄に魔力を消耗するだけで戦局に変わりがないからだ。
隣国もそれをわかっているので、今は同盟を結び平和を維持している。
東西南北に魔女が居るのは諍いがあった頃の名残ということと、森が魔女の生活に適しているということだけ。
魔女は綺麗な空気を好む。
魔女にとって、市井の民は魔法を使えないものがほとんどなので、街を歩いてもあまり気にならないが、魔法が使える貴族などが複数人居る場所は、漏れ出た魔力が混じり合って空気が濁って感じてしまう。
その空気の濁りはとても不快に感じる。
貴族とも仕事はあるので、なるべく複数人が集まることがないように願うが、仕事を選り好みすることもできず、そんな時は森に帰ってくると体の中から浄化され落ち着く。
リージェも十歳からは北の森で一人静かに暮らしていた。
バンダイル国の北の森は、十一月には雪が降る。
リージェは雪が本格的に降る前に、ある程度多めに食材を買い求めようと街へ買い物に出た。
ナマモノを買っても魔法で鮮度を保つことができるので、冬はいつも多めに買う。
冬は魔女へ仕事の依頼が減る季節だ。
だからリージェは家でじっとしていることが多い。
何をするでもなく暖炉の前に椅子を置き、ウトウト微睡むのも好きだった。
南と東の魔女が、『まったく、寒いったらありゃしない!』と文句を言いながら訪ねてくるのも楽しみにしている。
南の魔女はリージェの母代わりだったが、年は祖母といってもいい。
リージェより四十五歳上だ。
この日も買い物をして帰ると、玄関前に南の魔女であるネマリエが待っていた。
「女は冷やしたら駄目だなんだよ」
「ネマリエさんはわざわざ寒い所に来て、いつもおんなじこと言うのね」
「私と東のピアはリージェの母だからね。リージェが雪に埋もれていないか心配なのさ」
「ピアさんはネマリエさんの二歳上だっけ?」
「そうだよ。あいつはもうババアだわ」
「ふふっ。二歳違いで?」
「その差は大きいのさ」
「誰か私の悪口言ってるね」
「あ、ピアさん、いらっしゃい」
「何だい。お前も来たのか」
「リージェの母だからね」
大量の買い物をして帰ったリージェは、二人の魔女の来訪を受け久しぶりに笑った。
ネマリエとピアは、既に娘に魔女の肩書を譲っている。
リージェの教育を交代でしていた時は、伴侶と共に北の森に出かけて管理をしていたが、二人はその伴侶も同じ頃に亡くしていた。
今は独り身の気楽な隠居生活だ。
二人の娘たちは既に三十歳を超え、立派に魔女として仕事をしているし、伴侶も子供もいる。
現在のネマリエとピアは魔女ではないが、魔力量も変わらないし魔法も相変わらず使える。
ただ看板を譲っただけだが、仕事はグッと減った。
現在は当代魔女の補助的な仕事をしているが、やはり冬は魔女の仕事が減ることから、ここ数年は冬になるとリージェのいる北の森で三人で生活するようになっていた。
ネマリエとピアは、口調は荒いがリージェを心配していることに変わりはなく、言葉には出さないが数年後には北の森に越してこようかとも思っている。
自分たちの体が動くうちにリージェの伴侶も見つけて、できれば孫も見たい。
西の魔女とリージェの父の間には、リージェの父が西の森に行ってしまってから四年後に女の子が生まれた。
西の魔女の代替わりはまだ先のことになるが、リージェが北の森に戻ってきてからは西の魔女との交流も無く、ネマリエとピアは西の森については関与しないことにしていた。
リージェの父が西の魔女に助けを求めた時、西の森には先代の魔女がいたのだから、先代の魔女がリージェの教育に来れば良かったのに、魔女とはいえ結婚もしていない娘を男やもめの所に送り出したのだから、先代の西の魔女に下心がなかったとは思えないし、実際にリージェの父を奪った形になったのだ。
西の魔女はリージェに罪悪感を持ったため、南と東でリージェが生活している時は北の森のテリトリーの管理を手伝っていたが、それだけで禊を済ませたとはネマリエとピアは思っていない。
しかし、その心情を公表しても良いことはないだろうとの判断から、西には関与しないと決めただけだ。
そしてあえて言わなくてもリージェにも伝わっていた。
リージェは自分の父がしでかしたことなので、一度だけ二人に謝罪し、西の魔女との関係改善を願ったことがあった。
しかしその時、二人があまりにも怒りまた嘆いたことからそれ以降は静観することにした。
いつか西の魔女とも交流が戻るかもしれない。
そんな日がくると良いなと願いながら、育ての親二人を思い西の魔女については何も言わないことにした。
冬の間、リージェはネマリエとピアから縫い物や刺繍などを習っている。
時々どちらかが転移で自分の森へと戻ることはあったが、基本的にリージェを一人にすることはなかった。
リージェが十七歳になった冬のある日、珍しく二人がそれぞれの森から急ぎの知らせを受け、転移で戻って行った。
どうやら寒波が平年よりも南下していて、雪による生活の支障があちこちで出始めた、と当代の魔女が手紙で手伝いを求めてきたらしく、二人は、『すぐに戻るから』と後ろ髪をひかれつつ自分達の森へと転移して行った。
北の森のテリトリーはもともと冬が厳しい地方だったせいか、人々は心構えも冬の備えもできていて、リージェが忙しく思うほどの依頼はなかったので、リージェは、『慌てなくても大丈夫よ』と笑って見送ったのだが、全ての音が雪に吸収されるような夜には少しの寂しさを感じた。
四つの季節のうち三つは一人で生活しているのに、こんな静かな時には孤独を感じ、リージェは窓から静かに降る雪を眺め二人の帰りを願ってしまう。
そんな時、家から少し離れた所にポワンと青い光が浮かび、降り積もった雪が舞い上がった。
何事か、とリージェが慌てて家を飛び出し確認に向かうと、一人の少年が雪に埋もれて倒れている。
その少年は、まるで雪の妖精かと思わせるほど綺麗な銀髪をしていて、目を閉じていたがとても整った顔立ちをしていた。
次話はすぐに投稿します。