第6章 ガーランド高揚・4
「仕方ないな、君は研究に籠りきり、私は救急専門だ。これも何かの縁だ。今回は貴重な臨床例に携さわれた」
リリィは自嘲を含んだ声で言った。
「なにそれ。私の免疫不全気味なデータのことなの。私は標本材料ではないわ」
「カレナードを材料扱いしたのはどこの誰だ」
「それは勘違いよ。彼に対する私の、その、本心はそうじゃない」
「では、何だ」
リリィのまだ血色の良くない頬がピクッと動いた。
「言えない。彼と私の問題だもの」
ウマルはそれ以上追究せず、リリィの腕を取って組んだ。最初は突っぱねたリリィだが、疲れると彼の手を借りた。
女官長は女王の壮麗なテント設営完了前に荷ほどき順序を確認中だ。20個のコンテナにしつらえの品々が詰め込まれていた。
「マリラさまが心置きなく夏至祭の務めを果たされますように」
強化訓練期間中、マリラの体力気力は充実していた。玄街の問題がそうさせているのは確かだ。
「紋章人に対してもそうであられますように」
彼女は心配するのを止めた。技師がテント設営完了を告げ、彼女はねぎらった。すぐさま女官と女官候補生を指揮し、コンテナを開いた。
アライア・シャンカールが相談に来た。
「マリラさまの礼服はベッド正面に置くと、ものものしくてお気に召さないと感じます」
「確かに。でも空間がありすぎて間抜けだわ」
候補生のイアカ・バルツァが大きなクッションを抱えてきた。
「マダム・シャンカール、これはいかがでしょう」
アライアは追加に色違いのクッションを置かせた。
「野趣があっていいわ。イアカ、座卓とお盆は揃ったの」
「はい、ただいまギャレーに用意が整いました」
アライアはテントを内と外に仕切る垂れ幕をチェックした。垂れ幕の外側はマリラの衣装と化粧道具、キチネットとギャレーと簡易シャワーが納められ、女官の控え用スペースもあった。
ベル・チャンダルが女王の装身具の箱を持ってきた。
「今年はいつにもまして高原にいる感じがしますね。色合いのせいかしら」
アライアが自慢した。
「私のアレンジはいいでしょ。垂れ幕はすべて防弾仕様よ。ベッドのカーテンも天蓋もね」
女官はベルトに小さな皮鞄を下げていた。短銃とナイフの装備だ。夏至祭の衣装の飾り帯にもそれらを忍ばせるのだ。
「何事もないといいわね、ベル」
「アライアさんは射撃の腕が上がりましたよね」
「百発百中よ」
その言葉に候補生たちは気を引き締めなおした。
新参訓練生が次々と下船に向かっていた。アレクはシャルとヤルヴィを引き連れて、先にテントのベッドを確保しに行った。カレナードとキリアンは最後に部屋を出た。
第三甲板下の倉庫からゴンドラまでの通路は賑やかな雑踏が続いていた。途中で2人は何度も声をかけられた。
「新参代表、頑張れよ」
「新参代表、調子はどうだ」
「新参代表さん、明日はゲネプロよ」
そのたびに挨拶して、頭を下げた。
相手は3回のリハーサルで顔見知りになった各セクション出場者と舞台補佐だ。キリアンは感激した。
「さすがガーランドの精鋭ばかり、余裕綽々だ」
カレナードは「君も十分余裕だ」と言った。
「そうか。お前の方が余裕たっぷりに見える」
「うん、自分でもよくやったと思う。艦長の厳しい要求に負けなかった。うん、死ぬかと思った」
2人は顔を見合わせ、噴きだした。
「よくも言ったな、カレナード。俺だって死ぬかと思ったさ」
「踊り比べが終わったら焼いた厚切りチーズを食べたい!」
「俺はベーコンをカリカリに焼いたヤツを!」
後ろから兵站部代表、ケニッヒ・ヤオセルの声がした。
「もう食い物の話か。今日の夕食パックは死ぬほど美味い豆のパスタだ」
豆のパスタと聞いて、がっかりしている新参生をおもしろそうに見ていた。
「嘘だ。冷たいパスタなんか食ってみろ、雪隠に列が出来る」
キリアンはホッとした。
「新参はまだ保温コードの使用許可が出なくて」
「ああ。テントや食糧車が爆発したら祭りが台無しだ。安心しろ、今夜は肉の赤カブ煮込みさ。何の肉かは期待するなよ」
彼らはゴンドラの昇降口に近づいた。ガーランドはぎりぎりまで降下して、一部は台地に接触していた。エンジンが通低音のように響いていた。
昇降口は大きく開き、設営中の大きな舞台が見えた。舞台は一方だけが大きな崖に面していて、崖の間に細長い軍楽団用ボックスがあった。他の三方はごく緩い傾斜に繋がっていた。ヴィザーツ達の宿泊テントは緩い傾斜地を上がった所に並んでいた。
十ヶ月訓練生女子代表、ソカンリ・ジカが感嘆の声を上げていた。
「ああ、明後日はあの舞台で踊るわ」




