第6章 ガーランド高揚・3
ピード・パスリは今年もガーランドに居残るつもりだった。ヤッカは言った。
「たまには楽しんで来い。お前の分は私がカバー出来る。警備隊の隊長だからな」
「冗談はやめてください。俺はマリラさまの詠唱が終わり次第、ここに戻ります」
「踊り比べも見るといい。マリラさまの踊りを見てないだろう。この次は我々がいなくなった後かもしれんぞ」
ピードはまだためらっていた。
「隊長、留守のガーランドを預かるのが警備隊の役目です。俺はここにいます」
「お前の事情は分かっている。私はあえて勧めるのだ。お前は見るのだ。お前と同種の苦しみを抱えた紋章人が女王の相手を務めるのを」
隊長はピードに招待券を渡した。
「艦長に挨拶してくるといい。酒は強いだろう」
「艦長の酒蔵に子供が行っちゃ駄目です」
「お前は子供でない。ピード・パスリ、隊長命令だ。ガーランドで見かけたら逮捕するぞ」
少年の姿の警備兵は折れた。
「分かりました。6月26日、日の出と共に戻ります」
彼が去った後、隊長はガーランドの周囲15kmに張ったセンサーに定時のコードを走らせたのち、飛行艇ベナ・ワンに連絡した。
「南西B1とC5装置を調整してくれ。コードの反応が弱い。頼んだぞ」
通信機の向こうから、「了解」の声がした。
「ピードが自分の居場所を警備隊だけにするのはいかん。ヤツはいよいよガーランドに引きこもってしまう。なんとかせねば」
道化は自分専用のテントを持っていた。派手で毒々しい模様は何人も入るのをためらわせた。それをわざと情報部と管制部の合同テントの横に張ったのは、トペンプーラへのちょっとした嫌がらせだった。
テントの中は道化衣装と祭りの悪戯に使う小道具ばかりだ。
「いいですねぇ、小生は夏至祭の引き立て役!清々しい空気、マリラさまの滔々たる祈りの声、大地を踏みしめる皆さまの熱狂。夜のとばりに紛れて小生の悪さが炸裂!うっふっふ、恋人さん達の邪魔をしまくっても、なにしろ無礼講ですからね。悪さのやり放題ッ!なんつうシアワセ、にゃほほほほっ!」
狭いテントの中を飛び跳ねていると、入り口の幕が開いた。
「ほどほどにしておきなさいね、ワイズ・フール」
「見ましたね、マイヨール・ポナ先生。生きて返さないッ!!」
「あら、怖い怖い」
彼女は軽くおどけてみせた。
「あなたの嬉しそうな笑い声、外に丸聞こえよ」
「かまいませんとも。皆さま、ご存知でいらっしゃる。この道化がいかに貴く大事な一瞬をぶち壊しに来るか。が、隙を見せる方がいけません。そう思いませんか、歴史学者さん。浮かれた隙に足元をすくいに来るヤツが必ず来るんです。祭りだからって油断大敵。そうでしょ」
「そうね。ワイングラスに唐辛子を盛られるのはまっぴらよ」
「チッ、罪のない悪戯でございますのに」
「胡椒はもったいないわよ、カローニャ領国の島でしか取れないんだから」
「お、奥の手は他にもありますから、どうぞお楽しみに。先生」
「今年の衣装を楽しみにしているわ」
道化のテントを後にして、マイヨールはつぶやいた。
「釘の刺しかげんはこんなものかしら。今年のエンゾは訓練生をいじめ過ぎよ」
リリィ・ティンは急速に回復していた。仕事復帰はまだだが、体力を取り戻そうとウマルと林を散歩していた。ウマルはリリィの歩調に合わせて歩いた。
「原因はレンダウィルスだ。カレナードはこのウィルスのキャリアだな。軽い風邪症状のはずだが、君には大当たりだった」
リリィは大当たりと言われ、ムカついた。が、主治医に拗ねていられない。
「ドクトル・ウマル、私はウィルスの抗体が出来たのでしょ」
「ええ。でも抗体がいつまで有効なのか分からない。1ヶ月なのか、1年なのか。今後はカレナードと遊ぶのは控えろ」
「個人的な問題に突っ込まないでちょうだい!」
北の大地の風が吹いた。ウマルは羽織っていたマントをリリィに掛けた。
「いらないわ。私はコートを着ているんだから」
「ダメだ。君は大事なヴィザーツだ。病み上がりの体に無理させるのではないよ」
「いらないったら」
彼女はウマルのマントを払いのけようとした。
「この件は主治医の指示に従ってもらう。勝手をするなら下船は許可しない。夏至祭当日も天候によってはテントにいてもらう。いいな」
リリィはしばらくウマルの言葉を噛みしめていた。やがて「分かったわ」と言った。
ウマルのマントは軽くて快適だった。
リリィはぽつりと言った。
「私の代わりにカレナードと彼の標本を診てくれて、助かったわ」
ウマルは彼女の両肩に手を置いた。
「君がお礼を言うとは。青天の霹靂だ」
「私はそれほど傲慢でなくてよ。カレナードとのことは反省だってしている」
「殊勝な心がけだ」
「それは嫌味なの」
「違う、本心だ」
リリィは眉をしかめた。
「あなたの本心は分かりにくい」




