第5章 リリィ、暴虐をふるう
性暴力シーンがあります。苦手な方はご注意ください。
「夜間演習の都合をつけて時間を作ってやったのに、訓練生だからって学生気分でいられちゃ困るのよ」
机の上に食べかけの戦闘食があった。カレナードはブラウスの下のコルセットを外そうとして、紐が金具に引っかかった。リリィはコルセットを掴んで体を引き寄せ、断りもなく鋏で紐を切った。
「気が利かないったら。こんなもの、着けずに来ればいいでしょ」
コルセットは床に落ちた。乱暴な扱いについにカレナードの堪忍袋の尾が切れた。
「あなたが優秀な研究者でも最低の人間だ。研究材料の僕に何しても許されるなんて大間違いだ。艦長に言って、担当を変えてもらいます」
彼はコルセットを拾い上げて上着で包み、扉に向かった。
リリィは腰のロープを素早く輪にした。
「ただで済むと思うな!」
彼女は驚異的なロープさばきでカレナードの右手首を捕えた。ロープがリリィとカレナードの間で張りつめて震えた。少年は怒りに燃えて吐き捨てた。
「医者のやることじゃない」
「お前のその態度を改めさせてやる。私をただの研究者と甘く見ないことね」
カレナードは左手に抱えていたコルセットを放り出し、ロープを掴んだ。そして引くと見せかけて、女医に体当たりをかけた。リリィは身をかわし、カレナードはリリィの机に突っ込んだ。リリィは素早く少年の脚から肩までロープを回し、あっという間に体を机に固定してしまった。反撃のために掴んでいたリリィの鋏さえ奪われた。
「く…くそおっ!年増のじゃじゃ馬の朴念仁の気狂い医者め。僕に何をしたか、皆に言ってやるぞ」
カレナードはありったけの罵詈雑言を吐いた。リリィは彼の口を手で塞いだ。
「誰もお前の言うことなど信じないわ。お仕置きしなくてはね。その口が要らないことを言えなくしてやるわ」
彼女はカレナードの顎をきつく掴んだ。リリィの唇が彼の唇に重なった。爬虫類を思わせる冷たさだった。戦闘食のレーズン入りサンドイッチの香りがした。彼は必死で逃れようとしたが、リリィの指は力強く彼を捕えて離さなかった。ようやく顔を上げた女医に、カレナードは唾を吐いた。
「まだ仕置きが足りないようね」
リリィは彼の頬を打った。
「お前が一番嫌がることをしてやる。覚悟おし。嫌なら石になっていなさい。感覚も感情も失くして、ただの物体におなり。それが出来たら少しは骨があると認めてやる」
カレナードは大声で助けを呼んだが、施療棟のヴィザーツは出払っていた。抵抗の方法を探したが、何もなかった。女医の言うように石にでもなるしかなかった。
リリィは彼のブラウスをはだけ、拷問のような接吻を再開した。
彼は懐かしいオルシニバレ市の石畳を強く思った。フロリヤと助産所に通った道、マヤルカと歩いた射撃場への道。リリィの舌が彼の口中をまさぐり、首筋や胸に痕をつける間、彼は遠い故郷の石畳に必死にしがみついていた。
女医はロープを外すと、珍しくタバコに火を点けた。
「ふん、けっこうやれたじゃないの。半分くらいしか感じてなかったでしょ。お前に骨があるのは認めてやる。今日はもう帰りなさい」
カレナードはブラウスのボタンをかけ直した。
「二度とここに来ません」
女医は意に介さず、煙をふっと吐いた。
「お前は来るわ。来なくてはならないわ。そうだ、いいことを教えてやる」
リリィは彼の傍に来て、耳元でささやいた。
「乳首が立っていたわよ」
カレナードは診察台の脇の消毒盥を持ち上げ、リリィに向き直るや頭から中身をかぶった。滴り落ちる消毒液の水音が響いた。リリィはその様子をじっと見ていた。指に挟んだタバコが半分になるまで彼女は身じろぎせず、カレナードも濡れたまま、その場に立ち尽くした。睨み合いの火花以外、何もなかった。
空になった盥が放り出され、金属のこすれる音が夜の施療棟にこだました。
訓練生棟1階でキリアンが帰りを待っていた。点呼の時刻が過ぎて灯りはわずかになっていた。親友の姿に彼は立ち上がった。
「カレナード、消毒液くさいぞ」
2階の踊り場まで上ったところで、カレナードはキリアンの腕を取った。
「今日の練習をさらっておきたいんだ。第3曲を頼む」
「お前、怒っているんだな」
「そうさ。僕は踊って忘れたいんだ。付き合ってくれ」
キリアンは始まりのポーズをとった。そこにカレナードは寄り添った。
「始めよう」
カウントを取り、2人はダンスにぎりぎりのその空間で踊り始めた。淡い闇に軽いステップの音が鳴った。




