第5章 リンザ・レクトー理論
お祭り男になったナサールが飛んできて喜んだ。
「やっぱりお前だ。やると思っていたさ。艦長のお墨付きも貰ったし、明日の練習場所とダンス教師を探さなきゃ。伴奏はヤルヴィとハーリだ、頼むぞ」
キリアンは放心気味のカレナードの肩を叩いた。
「よく残ったな。頭の中がまだ渦巻いているんじゃないか。おい、カレナード、何か言えよ」
「自分でも信じられない。一度転んだのに」
「艦長が残したんだから、やれるってことさ」
休日の午前10時、カレナードと伴奏係とシャルとナサールは練習場代わりの訓練生棟の食堂に集まった。
パートナーは当然のようにリンザと誰も考えたが、彼女はそれを突っぱねた。
「レブラント君は女でしょ。女同士で踊るなんて気持ち悪いわ」
カレナードはつとめて冷静に答えた。
「僕はれっきとした男だよ、リンザ・レクトー」
「いいえ、あなたとは踊れない。理屈じゃないの。分かるかしら」
ナサールは彼女を説得しようと頑張った。
「俺たちはカレナードを男として扱っているんだ。体は女でも、彼は彼なんだよ。実習は男子のメニューをこなせるし、頭の中と心意気は男さ」
リンザの顎がクイっと上がった。
「私は形態と精神は切り離さない主義なの。彼の精神が体の影響を全く受けてないなんて絶対にない。私は自分でダンス教師を見つけるから心配ご無用よ」
彼女の態度は施療棟のリリィ・ティンを思わせた。カレナードはリンザに詰め寄った。怒りを抑えていても、腹の底で煮えくりかえっている感情は言葉に滲んだ。
「そうか、君は僕の男性性をはなから否定するんだな。僕も形態と精神は別々の存在と思えないけど、君は僕の一部分だけで、人間性まで否定するのか」
「そこまで言ってないわ。あなたが私と同じ女というのがだめなの。悪く取らないでよね」
「それなら僕は君より長く舞台に残るからそのつもりでいてくれ」
リンザは挑戦は受けて立つと言い残し、部屋を出て行った。シャルが喚いた。
「なっ!何様だよ、あの女!」
カレナードはリンザが消えた扉から目を離した。
「彼女を罵るより、早く練習した方がましだ。ナサール、相手を頼めるか」
ナサールはキリアンを呼んで来いと言った。
「あいつは9曲まで大丈夫だ。女性パートくらい朝飯前でやってもらうぞ。文句垂れるなよ、カレナード。男同士だろうが、女同士だろうが、この際かまってられるか。1000ドルガ取って、リンザの鼻っ柱を折ってやれ!」
ヤルヴィとハーリは「エスツェット班長は分け前が欲しいんだ」「いや、この状況をおもしろがってるだけだ」とひそひそ言い合った。キリアンはレポートを放り出してやって来た。
カレナードはキリアンには愚痴を言った。
「ああいうの、不愉快なんだよ」
「女心はよく分からないけど、男のくせに女体の特権を持つ君に嫉妬しているのかもしれないな」
「僕にはとてつもなく不幸だ」
「特権を少しは生かしたらどうだ、女性の体は持久力があるんだ」
カレナードは反論した。
「総合的な体力は男が高い。筋肉量の差は簡単に越えられないぞ」
「お前は筋肉量は男の平均より少し低めだけど、女より格段に多い。それに持久力が加わってるんだから、今は総合的に男と女のいいとこ取りの状態、それが特権だ。パートナーが誰でも、息を合わせて10曲を踊り切ってみせろよ。さいわいリンザとは組まないさ。新参同士の組み合わせは外されてるからな」
初練習のあと、ナサールはカレナードに指導者が必要だと言った。
「この程度じゃお前はリンザに負ける。それだけは俺のメンツが許さないんだっ!」
キリアンはお祭り男の上げ足を取った。
「メンツが許さないんじゃなくて、プライドが許さないだろ。もしくはメンツが潰れるだ」
「どっちでも似たようなものだろ」とむくれるナサールにカレナードは頼み込んだ。
「ナサール、教師を頼む!」
午後、カレナードは秘密のベランダ部屋へ行った。1人になりたかった。百合の浮き彫りのある壁にもたれ、手は胸に置かれていた。
「踊ると揺れる……コルセットを変えるべきかな」
ベランダからのガーランドはこれまでと違って見えた。彼はふと遊び心にかられた。訓練で覚えた抜け道を通って訓練生棟まで戻るゲームだ。ベランダの外に出て、第3甲板に降りる梯子まで行った。下に甲板上に施療棟のチームが緊急治療の訓練をしているのが見えた。リリィ・ティンが戦闘服に緑十字の腕章をつけて治療の優先度を判定していた。
「ここは鬼門だ」




