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第5章 虚しきオンヴォーグ

 増えた仕事の合間に、ヤルヴィは聞き慣れない曲を練習し始めた。

「これ、踊り比べの第3と6と8と9曲だよ。僕は軍楽団に正式に入るんだ。ハーリも一緒にね」

 カレナードはその旋律とリズムを覚えた。かつてシェナンディの仕事場もダンスは嗜むものとして、皆で踊ったのだ。時に教師を呼ぶほど熱が入った。

 キリアンがカレナードにつきあって覚えるため、ヤルヴィは張り切った。アレクが言った。

「音楽があると、針仕事がつらくなくなるな」

 女王は戦闘訓練開始にあたり訓示を行った。各部署ごとに全ての乗員が女王直々に檄を飛ばされることになった。彼女はオレンジの戦闘服に真珠色のマントと美しい胸当てを着け、銀の剣を佩き、軍人たるヴィザーツを奮起させた。

「アナザーアメリカの守護者、愛しい私のヴィザーツたちよ。夏至祭までの数週間はかつてないほど厳しい訓練となるだろう。我々の真価を問う時が間もなく来る。アナザーアメリカの秩序を崩壊させ、混沌の世に陥れようとする玄街どもをこれ以上放置せぬ。我々の新たな使命は奴らの根城を完膚なきまでに潰し、葬り去ることだ。

 ガーランドに集うヴィザーツよ、新しく加わったそなたたちの責務を果たすのだ。私は先頭に立ち、進むべき道を示すだろう。共に行こう。戦いとるべき調停の世なら、戦いとって守り抜かねばならぬ。夏至祭には鍛えられて輝くそなたたちの姿を見せてもらおう。オンヴォーグ!ガーランド・ヴィザーツに大地の加護があらんことを!」

 やがて女王は新参訓練生が兵装で整列する場にやって来た。第三層小天蓋下の回廊での射撃訓練が始まるところだった。

 キリアンはカレナードの頸の防護パッドのボタンが掛け違ったまま並んでいるのに気づいた。

「マリラさまが目の前に来るときに限って。おい、カレナードったら」

彼は急いでカレナードの防護パッドを直そうとしたが、その前に女王が演説の位置に立ってしまった。マリラは新参訓練生向けの訓示を垂れた。それから各自の名を呼び、女王の恩寵を与えた。特別なオンヴォーグだった。最後にV班の番が来た。

「オンヴォーグ、ミシコ・カレント」

マリラの声は守護のオーラとなって、頭を下げた班長の頭上に煌めいた。

「オンヴォーグ、キリアン・レー。アレク・クロボック。シャル・ブロス。ヤルヴィ・アダン」

 仲間は誇らしく恩寵を授かった。最後がカレナードだった。オリガ・ヨセンタの死に続く気まずい別れの余韻を引きずっている場合ではないのに、マリラもカレナードもあの瞬間を思い出した。

 再び石像となり、私人の心を閉ざしたマリラ。再びマリラへの怖れと失望の陰りを帯びたカレナード。両者は互いの目の中にわだかまりを見た。他にはない緊張が走った。しかし、2人してぐっとそれを飲み込んだ。マリラは頭を下げたカレナードに言った。

「オンヴォーグ、カレナード・レブラント」

恩寵はかろうじて彼の上に煌めいた。

 マリラが去って、ジーナが女王の後に従った。彼女はカレナードの傍を通る時、立ち止まった。

「よく我慢しましたね、紋章人」

「ジーナさん、僕は……」

「女王も我慢したのです。今は辛抱なさい」

カレナードは平静を装って、女官長に頷いた。

 キリアンは何のことか分からなかったが、女王とカレナードの間の溝の気配は明らかだ。彼はむっつり黙りこんでいるカレナードのパッドを直してやり、気合いを入れた。

「ウラ!回廊を突っ走るぜ!目標は第3甲板ポイントTだ。行くぞ、カレナード!」

V班は装備を背負い、回廊の柱から柱へと駆け抜けた。

 新参の強化訓練の目的は基礎体力を上げて白兵戦に持ちこたえられることだった。訓練期間の後半は適正によって各部署に配置されることが決まっていた。講義は半分に減った。5月はひたすらガーンラド中を駆け回り、武器の組み立てと射撃、ついで体術の特訓が組まれていた。

「ハードル高すぎやしないか。俺、死にそう」

シャルは上層天蓋下、訓練用地のど真ん中で野戦食の包みを背嚢から取り出して、簡単な昼食準備をした。ミシコは清拭コードで両手の泥を落としてから言った。

「死にそうなのは、新参みんな同じだ。女子だってやってる。とにかく僕に付いて来いよ、シャル。兄貴に勝ちたいだろ」

シャルは甘えてすねてみせた。

「へっ、どうせニコル・ブロスは優秀な3年生だよ。飛行艇部隊の候補生筆頭さ。俺みたいに軟弱芸術家はお呼びじゃないってーの」

 ヤルヴィはシャルの甘えぶりが気に障った。

「それを言うなら、年少の僕がここで泥まみれになってるのは無意味なのかよ。屁の河童!」

「誰が屁の河童だと。おちょぼ小僧!」

 通りかかったエンゾ・ボンゾが一喝した。

「無駄に騒いで敵に発見されたいですか。休憩時間に油断しろとは言ってませんよ。 ところでおちょぼ小僧って何です」

ヤルヴィは敬礼して答えた。

「僕の唇の形をシャル・ブロスがこう言ってバカにするのです」

エンゾは「それは災難」と軽くあしらって小山の向こうへ消えた。

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