第5章 トルチフに落ちる花束
翌日、浮き船は高度を下げ、トルチフ領国慰霊祭を行った。調停完了祭に比べてあっさりしたものだったが、訓練生達は古参から10ヶ月訓練生に至るまで、全員が制服に喪章を付けて第4甲板に並び、マリラと共に弔いの辞を唱えた。
「古き死は近き闇に甦り、青い夜に我らを呼ぶ。古き魂の足跡をたどり、寄り添うべし。我らは知る、大いなる安息と大いなる生の苦しみを」
女王は甲板の端まで行き、花束を投げた。それはゆっくり空を漂い、落ちて行った。訓練生が甲板を去る時も、女王はまだトルチフを見おろし、黙祷を捧げていた。彼女の肩がいつもより細く見えた。
カレナードとキリアンは図書館に行った。館長が病気から復帰し、新しい司書もいた。彼らはミーナは不慮の事故に遭ったと言った。
トルチフ領国の記録閲覧を申込むと、それは館長室で閲覧する決まりだった。館長はお喋り好きで、いくらでも質問に応じてくれた。
「両トルチフが調停準備会を設けたのを、ヴィザーツは知っていたのですか」
「もちろんだな。当時もトルチフの町にはヴィザーツ屋敷があったからのう。彼らは必死で領国府に働きかけた。それ、そこの記録を読んでみ。連日、調停開始用の文書を用意して領国府の重鎮と領国主に会っていたようだの」
2人は手書きの文字を追った。藍色のインクがこれ以上トルチフ領国民の血を流してはならないと訴えていた。キリアンが言った。
「ガーランドが直接調停を勧めたのに、なぜトルチフは受け入れなかったのでしょう」
「本当は双方ともに戦争をやめたかっただの、時期を逸しただの、領国府内の強硬派が調停を阻止するためヴィザーツ屋敷を襲撃しただの、領国民の恨みと怒りが収まらなかっただの、軍が新兵器を開発して暴争に拍車がかかっただの、後世の研究者は分析したのだが、お前さん方はどう思う」
館長は大きな瞳をぱちくりさせて、問うた。 キリアンとカレナードは、出来レースだと顔を見合わせ、声を揃えて答えた。
「今、館長が言われたことが全て重なったのでしょう」
館長は満足げに頷いた。事態はさらに深刻になったと言った。
「どちらのトルチフもガーランドを味方につけようとしたが、そんなの無理にきまっておる。若いの。領国主は兄弟揃って心の底は傲慢だった。よりによって女王をたぶらかそうとした」
カレナードは思わず噴きだしていた。
「え、マリラさまをですか、あはっ、あはっ、あははははははは」
キリアンは親友が笑いの発作に襲われている理由が分かるような気がした。
「若いの、女王といえばマリラさましかおるまい。女王はガーランドを降りてまで調停開始を彼らに勧めた。彼らは従うふりをしただけで、実際は戦争をやめる気がなかった。どちらももうひと押しで勝てると踏んでいたわけだ。そして愚かにも女王に結婚を申し込んだと言われている」
「マリラさまに求婚って、あり得ない。それはおかしいですよ」
カレナードはまた笑いだした。 館長はいぶかしげに彼を見た。
「 若者にはおかしいか。言っておくが、このバカ兄弟もけっこう若くて分別を知らん。哀れと思わんか」
カレナードは記録を次々とめくった。
「求婚に何と返事をしたのですか。記録には何もありませんが」
「戯れ言を残すわけがない。これは館長室だけに伝わる伝説だ。 特別に話してやったが他言無用、女王の耳に入ると恐ろしいことになる」
キリアンはわざとまじめくさって訊いた。
「なら、なぜ聞かせるんですか」
「トルチフの記録を見たがる数少ない訓練生に語ってやるのが、歴代館長の密かな楽しみよ。髪の長いお前さん、女難の相が出ておる。夏至祭まで気をつけておれ。浮かれた連中がバカをやるからの」
浮き船のトルチフ巡航はわずか2日で終わり、アナザーアメリカ最北の高原への航路に入った。新参訓練生は古参と共に倉庫から引っ張り出した祭り装束を自分の部屋へ持って帰った。女子は白いワンピースの長衣に肩から腰にかけて飾り帯を垂らし、男子はゆったりした白のチュニックとズボンで、腰を飾り帯で締めた。
古参は吼えた。
「いいか、新参ども。この衣装は夏至祭の伝統そのものだ。だらしない姿は許されない。
身の丈に合わせ補正し、ほつれた刺繍は補修すること。6月朔日にチェックする!それまでに整えておけ!」




