第5章 1000ドルガの誘惑
4月半ば、ガーランドはブルネスカ領国とミセンキッタ領国間の広大な緩衝地帯に入った。目指すはかつて東トルチフ領国と西トルチフ領国があった台地だ。400年の昔、ガーランドはその二つを滅ぼした。その追悼に訪れるのだ。その後は北上しながら戦闘強化訓練を行い、そのまま夏至祭の開催地であるアナザーアメリカ最北の高原へ向かう。
多くのヴィザーツは慰霊祭より訓練準備に忙しく、夏至祭の世話役も仕事を始めていた。各部署は慣わしに従って、夏至祭のメインイベントである踊り比べの出場者を選出する。
新参訓練生の世話役はナサール・エスツェットだ。彼はカレナードに夏至祭の踊り比べに出るよう、再び勧めていた。カレナードは女王代役とオリガの死のため、すっかり忘れていた。
週明け、ヴィザーツ歴史学講義に行く途中、ナサールはカレナードを見逃さなかった。
「踊りは全部で10曲とこの前言ったろ。パートナーの女性は前日くじ引きで決まる。リハーサルは当日の午前中に1回。優勝者は女王さまの手にキスの名誉と副賞で1000ドルガ貰えるんだ。乗ってくれよ、この話!」
「1000ドルガは魅力的だけどな」
「何だよ。新参訓練生は祭りの裏方と踊り比べに男女1名ずつ代表者を出して乗組員に認められなきゃならない。失格せずに10曲を最後まで踊り抜いたら、それこそ新参の誉れ、賞賛の的さ!」
カレナードはマリラのことは意識的に忘れて、ナサールに尋ねた。
「部署はいくつあるんだ」
「おお、やる気になったか。まず艦橋・管制部、女王区画、情報部、施療&コード開発技術部、甲板材料&メンテナンス部、警備隊&航空部、総合施設部、独立遊撃部、ガーランド機関技術部、そして我々訓練生管理部さ。各部署の下に中規模のセクションがいくつかあって、代表は各セクションごとに男女1名ずつ出場する義務がある。最低でも24組が出来上がるはずだ」
「義務なのか」
「1500年以上続く伝統だからさ。出ろよ」
「君が出たらいいじゃないか、ナサール・エスツェットは見栄えも良いし、踊れるんだろう」
「お前、頑固だな。人の話を聞けよ。その踊りが問題なんだ。
最初の2曲は1500年前のだよ。屁でもない素朴さだ。が、その先は1500年分のアレンジがあってよ、6曲目からガンガン難しくなる。上級生の話では審査員が失格の旗を上げて、脱落者続出ってわけだ。おかげで観衆は大喜び。最後の3曲まで残るのは、多くて5組さ。
この前の班長会に去年の優勝者が来て指導してくれたが、誰もモノに出来なかった」
「ミシコ・カレントも駄目だったの」
「奴さぁ、ミンシャ・デライラの前で恥かいたって落ち込んでたぞ」
カレナードは肩をすくめた。
「男のプライドが邪魔するってヤツだ」
「お前、V班の名誉のためにも代表やってくれ。
この週末の新参集会で全員でひととおり踊ってみようぜ。スゴイ教師を呼んであるんだよ。お前なら彼の目に適うさ。新参訓練生で1セクションだから、なんとかしなきゃ」
「10ヶ月訓練生は別セクションなの」
「悔しいが、向こうは今年に限って粒ぞろいらしい」
「どこまでやれるか分からないけど、週末まで返事を待ってくれるかい。ナサール」
「出るとなったら練習時間を目いっぱい確保してやる。班長会で提案するさ」
カレナードはけっこう面白そうだと思った。念のため訊いてみた。
「女王区画の代表者はマリラさまじゃないよな」
ナサールは大笑いした。
「それはない、絶対ない、ありえなさすぎだってば。お前の頭はぶっ飛んでるぞ」
「じゃ、女官の誰かだ」
「くじ引きでお相手に当たったりしたらどうするよ。考えただけでゾクゾクするぜ」
マイヨール・ポナとジルー・トペンプーラという年の離れた知己を得て、カレナードに新たな心強さが宿った。彼はヴィザーツの中で認められたいと強く願うようになっていた。
ポルトバスク市の女王代役で心に射す陰は濃くなったが、かえって猛々しい何かに突き動かされる自分を感じていた。それの湧き処は自分でも判然としなかった。
その日、歴史学講義は展望回廊で行われ、マイヨールは眼下に広がる台地を指してトルチフ大火を語った。
「ガーランド・ヴィザーツにとってトルチフは特別な場所です。トルチフ大火について簡単に説明を。女子Y班、頼みます」




