第4章 年の離れた知己と
カレナードは感情を抑えきれなかった。
「マダム・マイヨール、このままでは生殺しです。マリラさまのなさりようは、まるで、まるで」
「まるで、何なの」
「まるで……ルールがありません」
口から出た悔しさは涙を誘発した。我慢し続けた涙だった。マイヨールはカレナードを抱きかかえた。
「いいのよ。胸に溜めておかないで告白なさい。私もトペンプーラと同じくらい口は堅いわ」
マイヨールは彼とマリラの間で起きたことを知り、きっぱり言った。
「女王は仕事に誠実で、情熱のある方なの。仕事をしている時が一番充実しているわ。
私が知る限り、彼女は仕事に私情を持ちこまないわ。だから、あなたが恐れる彼女は女王ではなく私人の彼女でしょう。おそらく不安定な人格をお持ちなのです、生き脱ぎのために」
マイヨールの言葉は少しずつカレナードの腑に落ちて行った。
「あの方は不安定」
「そう、人として不自然に生きているわ。女王以外の部分はすっかり死んでいる。
女王の側近でさえ、マリラ・ヴォーに不死女王の姿のみを求めている。大勢が女王を支えていても、プライベートの彼女を知る人は皆無。女王でないマリラ・ヴォーを想像できるかしら」
部屋には静寂が漂った。2人は静寂をその答えにした。
「マダム・マイヨール、僕はどうすればいいのでしょう」
「あなたは禁忌を犯して初めて生還したアナザーアメリカン。私人の女王はあなたをどう扱うか決めかねているのでしょう。だから態度に一貫性がない。その時々の気分で扱われるのは、不条理なことね。
ただ、女王は不安定な自分をさらけ出せる相手として、あなたに器の大きさを認めているのかもしれないわ。彼女は人を見る眼は確かなのよ。器のない者を紋章人にしないし、ガーランドに置かないわ」
カレナードは首を振った。
「僕にそんな度量があると思えません。僕はただのアナザーアメリカンです」
マイヨールは少年の肩に手を置いた。
「女王があなたにどうあれ、自信を失ってはだめよ。カレナード、ヴィザーツになる道はあなたの前にある。私はあなたを支えたいの。
それにね、あなたと私にはちょっとした共通点がある。同じ体を持っているのよ」
マイヨールは、カレナードがその意味に気付くまで5秒ほど待った。
彼は少し顔を赤らめた。マイヨールをそのように見たことはなかったのだ。彼女は頼もしく言った。
「あなたと同年代の女性に出来ない手助けが必要な時、いつでも力になるわ。話がしたくなった時もね。歳の離れた友人の私をマダム・マイヨールと呼んで」
「マダム・マイヨール、よろしいのですか」
「良いも悪いもないわ。私はあなたに可能性を感じるの」
マイヨールは手を差し出した。カレナードは拒まなかった。彼女の手は厚く、長い指が確かな感触で彼の手を包んだ。カレナードはフロリヤよりもずっと年上の己知を得たのだった。
1人になってからマイヨールは考えた。
「女王を演じられるほどの才能と度胸。彼はなろうと思えば、誰よりも女王の深い理解者になれるかも。いえ、理解者というよりは伴走者かしら。
でも、今は無理。彼は女王のマリラ・ヴォーと私人のマリラ・ヴォーを分けられない。仕方がない、彼が求めているのはかつての女王の部分だけだから…。どちらのマリラも受け入れたら、ずっと楽になるでしょうに。
矛盾と不可解に満ちた女王……認めるには時間が要る……」
彼女はワインクーラーの最後の一口を、瓶から直接飲んだ。
「澱があったわ」
ガーランドはゆっくり北に向かい、アレクの故郷ニオララで停泊した。
エアシャワー後に訓練生棟へ戻ったアレクは詰所に女の一団を認め、逃げ出そうとした。
「姉貴!叔母さん!又従姉妹!なんで来るんだよ」
キリアンがアレクの首根っこを離さなかった。
「アレク、逃げるな。いいから彼女たちを紹介しろ。又従姉妹達をシャルに押し付けてやれ」
アレクは陽気な女たちに包囲された。彼女らは弟が可愛くて仕方がない。
「姉貴、飛行艇を私用に使っちゃ駄目だろ」
「私は飛行艇管制システムの更新講習に来たの。案内してよ、第3管制室ってどこ」
「叔母さんも、エナ、ターワ、クラウも。用もないのについて来やがって」
20歳ほどの叔母さんは不敵な笑みを浮かべ、又従姉妹の3人は猫のようにすり寄った。
「アレクちゃん。あたしたち、ニオララ特産スライスニンニクの搬入よ」
「嘘つけっ。それは納入業者の仕事だろ。それにちゃん付けで呼ぶなよ」
女達は太陽のように笑った。
賑やかな一団の脇をハーリ・ソルゼニンが足早に通り過ぎ、階段を駆け上がっていった。
アレクとシャルたち何人かが女軍団を第3管制室へ案内しに出発した。詰所に午後の春の陽が射し込んだ。私服のハーリが階段を下りて来た。開け放された扉から前庭の花々が色鮮やかに散らばって、美しい絵のようだった。彼はしばらく外を眺めていた。やがて前庭を突っ切りマルゴのアパルトマンへと走った。




