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第4章 公人と私人の間で

 女官長は再び懊悩に苦しむマリラの手を取った。

「マリラさま、暖かい飲み物を持ってまいります」

「ジーナ、今の私は生き脱ぎ前の私が踏んだ轍を、また踏もうとしているのか。

 私はなぜ紋章人に辛く当たるのか、自分でも分からぬ。さっきはトペンプーラがいたゆえ、かろうじて彼らの前から逃れられた。ジーナ、そなたはずっと私のそばにいた。見当はつかぬか」

「私にははかりかねますが、マリラさま、次の生き脱ぎまでに時間はございます。今は分からないことも、いずれ明らかになりましょう」

「それまでカレナードの命を奪わずにいられるだろうか」

 ジーナはギョッとした。それほどまでに女王が彼に激しい感情を抱いていると思わなかった。

「マリラさま……それはどういう意味です」

「私はオリガ・ヨセンタの投身の理由が分かる。彼女は怖かったのだよ。ガーランドからも自身の任務からも逃げられず、遂行未遂の恐怖だけが彼女を突き動かした。それゆえ彼女は私かカレナードを道連れに死ぬつもりだった。手錠がかかった時、カレナードにはカレワランの呪いを、私には拒絶と恨みを投げてよこした。そして我々の前から消えた」

「マリラさま、そのような……」

「オリガと同じだ。私が逃げるか彼を亡き者にするか、どちらかが消えねばならない恐怖があった。さっきはカレナードから逃げることで、なんとか面目を保った。

 だが、これから先は分からぬ。この怒りとも憎しみともはっきりせぬものの正体を押さえぬ限り、彼を私の前に連れて来てはならぬ」

「承知いたしました。マリラさまが彼を消し去れとお命じになれば、私はいくらでも手を汚しましょう」

 マリラはやっと上半身を起こし、涙を拭った。

「まるで嵐だ、私の中に爆発のような嵐が起こる……分からないとは恐ろしいことだ、私は自分が恐ろしい」

 彼女はしばらく壁を見詰めたのち、ため息をついた。

「ジーナ、矛盾しているが、カレナードの命を奪ってはならぬ。あれはなんとしても生かしておくのだ。あれを紋章人にしたのは私だ。女王マリラ・ヴォーはあれの生命に責任がある。だから、先ほどのは……ただの私人、マリラの暴言だ。私はどうかしていた。本当にどうかしていた」

 ジーナはマリラにハンカチを渡した。

「落ち着かれましたか、マリラさま。ようございました」

「すまない。女官長を驚かせたな……」

 ジーナは女王に仕えて初めて私人マリラの最も弱い姿に接していた。が、女官長はそれを知らなかった。彼女はマリラが女王と私人の記憶を分けて持つことに何の疑いも持っていなかった。

 トペンプーラは執務室で黒子を突いていた。

「ワタクシ、やってしまったようデス」

彼は深刻に立ちつくしているカレナードにささやいた。

「レブラント君、もしやさっきのアレが君のイメージの恐ろしい女王なの」

「ほんの序の口で……いえ、どうか忘れてください」

「構いませんヨ。情報部副長はこんな喋り方ですけど、口は固いですヨ」

「言えません。女王の名誉にかかわります」

「それで十分、詳細は女官から聞きます。ところで君、情報部で雇いたいわネ。もっとも女王独立遊撃隊候補生の辞令を出そうかって話もあるのヨ。まァ、形式的なことでしょうけど」

「な、何ですか」

「君のガーランドでの立場を補強するためです。女官長があなたのために女王と艦長に提案したそうです」

「ジーナさんが」

「気にかけてもらっている証拠です。重荷にしなくていいから、ありがたく受け取っておきなさいネ。どしたの、浮かない顔ですネ」

「僕のどこにマリラさまに通じる素養があるのですか。僕はまだヴィザーツのこともガーランドのことも…アナザーアメリカのことも…分かってない。ましてや女王のことも…」

 トペンプーラは人差し指でカレナードの額を弾いた。

「アナタが気づいてないだけデス。仕方ありません、頭で整理も出来てなけりゃ心で納得もしてませんから。でも、ワタクシには分かります。おそらく魂という深いレベルに素養を持っている。そのうちに明らかになります。ワタクシの眼はふしあなじゃないワッ」

「あなたの言うことは謎です……」

 カレナードは新参訓練生棟へ戻った。点呼をとうに過ぎていたが、V班は彼を抱擁して迎えた。一切を喋らないという誓いはほんの少し破られた。

「玄街間諜容疑はなくなった。でも、僕の母は玄街げんがいだったかもしれない……」

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