第4章 オリガ・ヨセンタの死
「そうね、消される前に名を覚えてもらいたい。あたしはオリガ。オリガ・ヨセンタ」
「オリガさん、ガーランドの法で裁いても、私刑であなたを殺しません。聞きたいことが山ほどあります。本物のミーナはどこにいるのです。彼女はミルタ連合領国からミセンキッタのテネ城市に向かう途中でした。彼女と入れ替わったでしょ」
「彼女は川で溺れたのよ。ヴィザーツらしく飛行艇に乗れば良かったのに。馬で駆けていて雪融けの大河に滑り落ちたわ」
「それで彼女の代わりにテネ第一屋敷に潜り込んだ。あそこは居心地良かったでしょ、大まかで緩くって誰もあなたが間諜スパイと気付かない」
「そう、ミルタ連合の辺鄙の小娘があたしにぴったりだった。なのに、辞令が出て急にガーランドに乗って…恐ろしかった……こんな気持ちの悪い所で暮らすなんて」
トペンプーラは苦笑した。
「ほう、どの辺が気持ち悪いの、ミス・オリガ」
「ここはまるでスズメバチの巣よ。女王を頂きにして、調停の下でアナザーアメリカンを見張り、時には刺しに来るわ」
トペンプーラはミーナ・クミホを誘拐して入れ替わる予定だったのかと訊いた。
「ええ。可哀そうに岸に流れ着いた時にはもう息が絶えていた…」
「ふうん、助かっていたらミーナは玄街に誘拐されて可哀そうなことになる。違うかしら」
オリガは視線を感じたのか、カレナードを見返した。
「あたしも尋ねたい。影武者、お前はカレワランを知っているの」
カレナードが返事する前に道化が遮った。
「紋章人、相手にしちゃダメっす。この女はロクでもない毒を含ませるやも。小生、お喋りはお勧めしません」
カレナードは道化の警告を無視した。
「カレワラン・マルゥは僕の母です」
オリガは声を立て、なげやりに笑った。
「他人の空似かと思ったけど、やっぱりね。カレワランはどうしているの」
「母は僕が子供の頃に亡くなりました。母は玄街ヴィザーツだったのですか」
「認めたくないでしょう。彼女はグウィネスの片腕で、あたしの先生でもあったわ。素晴らしいコード訓練士だった」
道化の予測どおり、ロクでもない毒がカレナードの心に浸みていった。彼は奥底にしまっていた疑問を口にした。
「なぜグウィネスは僕の体に忌まわしいコードをかけたのです。カレワランの息子を狙ってすることですか」
「カレワランは悲しむでしょうね。息子が女の服を着て、女王代役を務めているんだもの。滑稽よ、道化と同じよ。ここにいるヴィザーツもよ、守る価値のない女王と調停機関を守っているんだもの」
ヤッカが制した。
「オリガ・ヨセンタは警備隊で預かる。情報部はしっかり取り調べに来るといい。レブラント、個人的な話はあとだ。ピード、オリガに目隠しを」
オリガは再び取り乱した。
「嫌よ、目隠ししたら殺すんでしょう」
ピードは彼女の鼻先で鋭く指を鳴らした。
「お前が持つ玄街コードで、何人も救えるかもしれないんだ。殺すわけないだろ」
「分かったわ。でも、少し待って」
オリガは立ち上がり、マリラを見た。マリラも無言で彼女を見た。2人の視線は宙で絡んだ。決して相容れない者同士の短い対話だった。
次の瞬間、道化の手を振り払い、テラスの手摺りに身を滑らすようにして、オリガは下の庭園へ落下した。伸ばした道化の手の中に、オリガの片方の靴が残った。
トペンプーラは「しまった!」と叫んだが、全ては遅かった。警備隊は階段を駆け下り、女官はテラスから下を覗き込んだ。
手錠のままのオリガの無残な死が見えた。彼女の体は数分間、痙攣していた。医療コードの遣い手が蘇生を試みたが、無駄だった。
カレナードもテラスの端から見ていた。後ろから誰かの手が彼の視界を閉じた。マリラだった。
「泣いているのか、カレナード。彼女を悼むのか」
「ミーナさんは図書館でよく本を探してくれたのです」
「カレナード、こちらを向きなさい」
彼はかぶりを振った。
「偽物は本物に顔を見せられません」
「まるで自分を見ているかのようだった。カレナード。そなたの母はカレワラン・マルゥというのか」
マリラはカレナードの肩に手を置き、影武者の任務は終わりだと告げた。
夜半にトペンプーラがマリラに詫びと説明に来た。
「玄街間諜は全て逮捕しました。マルゴ・アングレー、オリガ・ヨセンタ、他7名。全員のプロフィールです。どうぞ、マリラさま」
マリラは注意深く書類を読んだ。
「マルゴ・アングレーは明らかにオスティアのヴィザーツ屋敷出身なのだな」
「そうです。生まれも育ちも我々の側。しかし、彼女はどこかで玄街に共鳴した。仕方がありません。100万人のヴィザーツの中には道を外れるものもいます。彼らはアナザーアメリカンとして生きる方法がありますが、マルゴは獅子身中の虫になろうと決めたのでしょう。
マリラさま。ワタクシは女王を謀りましてございます。お許しください。特に影武者の件は申し開きいたしません。いかようにも罰をお受けいたしますゆえ」




