第4章 ジルー・トペンプーラ、投げキッスする
「ワイズなあなたなら、ワタクシが来た意味はお分かりでしょう」
「言うな、ワイズとか何とか。この野郎!」
「あなたの協力が要るので。でも、話の前に一戦交えたいようですネ」
トペンプーラは上着を脱ぎ、男子V班の方へ投げた。
「ちょっと預かっててネ」
彼は呼吸を整え、膝を緩めて立ち、背筋を伸ばした。ボンゾは顎を上げてから、ゆっくりと引いた。ほんの少し腰を落とした。立ち姿だけで、両者が格闘術の達人と分かった。
カレナードはトペンプーラの上着を持ったまま、間合いを計る2人から目を離せなかった。女王の道化は本当は何者なのか。彼は1ヶ月前のボンゾの脅しを覚えていた。
ボンゾが先制をかけた。トペンプーラは猫のような足取りでかわし、ボンゾの腰めがけて蹴りを繰り出した。彼の上体は全くぶれずに、いくらでも体勢を立て直すことが出来た。ボンゾも同様で、2人の実力は伯仲していた。
「相変わらず、やるではありませんか。茹で卵のくせに」
「それはこちらのセリフですよ、ワイズ・ボンゾ」
トペンプーラの細い目が嘲笑っているように見えて、ボンゾは途端に血が逆流した。
「余裕かましやがって。情報部のカマ野郎!」
「熱くなっちゃ駄目でしょ」
トペンプーラの鋭い速攻がまともにボンゾの首筋に入った。小柄な教官はゲホッと咳き込み、降参の合図を出した。トペンプーラは訓練生の手前、動きを止めて「ワタクシからのお願い、聞いて下さいネ」といつもの口調に戻った。
「はい、訓練生の皆さん。ここから先は大人の時間ですヨ。君、ありがとさん」
トペンプーラはカレナードの腕から上着を取り、少年の左手の刺青に気付いた。
「はーん、艦長が言っていたのは君か。なるほど、かまいたくなるわネ」
彼は投げキッスを寄こした。ヤルヴィが後ろからおずおずと顔を出した。
「あれ、拳と拳で分かり合うやつなの。凄かったな」
トペンプーラの投げキッスに厭らしさは微塵もなかった。カレナードはそれが嬉しかったが、かまいたくなる部分が何なのかと思った。
週末ごとのリリィ・ティンの診察は気が重かった。彼女は全力で彼の傷を治したが、互いに心を開いてない。週末を前にそれを忘れることにした。
「診察が終われば、新参だけのダンス・パーティだ」
ミシコは早々とミンシャを誘ったし、アレクもオーレリを追いかけて行った。カレナードはトペンプーラとワイズ・フールの方を振り返った。
「何かあるんだ」
彼は教官控室に入った2人の姿に暗いものを感じた。
翌日の夕刻、ブルネスカ領国は目の前だった。西から嵐が近づいていた。夜のダンス・パーティで、カレナードは全てを忘れようと踊った。体のこともリリィの辛い診察も大人の隠された事情も、全く音沙汰のなくなったマリラのことも、彼は全てを忘れたかった。
マヤルカとは5曲、ララとルルと2曲ずつ、アラートと、それから初めて言葉を交わした数人の10ヶ月訓練生と。幸いなことに男子から誘われることはなかった。服は兵站部の定期フリーマーケットで手に入れた。レポート5枚の代筆で、10ヶ月訓練生から軽い上着を譲ってもらった。
ヤルヴィがフィドルを手にバンドに加わっていた。最年少の彼は年上の連中を前に「最後まで弾き抜いて、馬鹿にした奴らの鼻をあかしてやる」と息巻いた。その隣でハーリが大型チェンバロを受け持っていた。
踊り疲れたミシコがミンシャを演奏ボックス脇に連れて来た。その時、バンドの中にハーリの親戚というあの女を見つけた。ヤルヴィの隣で物憂げにフィドルを弾いていた。ヤルヴィがボックス脇へ休憩に来た。ミシコは素早く聞いた。
「隣のお姉さんは誰。ほら、あの濃い茶色の髪の」
「マルゴさんだよ。ハーリのお母さんの従姉の旦那さんの妹の娘」
「なんて遠い親戚だ。彼女は何年生?」
「彼女は情報部勤務だよ。今晩はバンドの助っ人だってさ」
そこへカレナードが倒れるように転がり込んだ。ヤルヴィがあきれていた。
「ボックスからよく見えるよ、カレナード。明日は起き上がれないかもね。ぶっ通しで踊ってるんだもの」
ミシコはその辺の飲み物を適当に取ってカレナードに渡した。ミンシャが止める暇もなく彼は飲みほした。
「あー、飲ンじゃった。それ、キツイお酒よ」




