第3章 死線再び
扉の横に椅子と小さな燭台が置いてあった。女王が回転しながら近づき、カレナードは椅子を投げた。女王は椅子を一撃で粉砕し、再び彼を襲った。閂は外れたが、彼は女王とともに転がった。燭台が彼の背中に食い込んだ。
生命の危機を告げる叫びが部屋中に響いて、マリラの正気が呼び覚まされた。彼女は自分がひどい姿でカレナードを組み敷き、彼が瀕死でいるのに驚いた。
「なぜ…なぜそなたはここにいる。確か…紋章人…だな、答えよ」
少年は力なく答えた。
「僕をお呼びになりました。あなたの声が…ここに来て欲しいと……僕を呼びました。マリラさま、僕は死にます…。燭台が、燭…台…」
あとは言葉にならなかった。
マリラは儀式用の燭台が刺さった背中を見た。刺さった場所は背骨の右脇の第九胸隙だった。すぐさま少年に喝を入れた。
「気を抜くな。死なせはせぬ!」
女王は燭台が刺さった場所に清拭コードを用い、さらに燭台を強力な固定コードで止めた。
「Ri.antue.igy.veryadoer.taf.(リ・アンツェ・イギ・ブヤドゥ・タ)」
扉を開け、叫んだ。
「施療棟リリィ・ティンのチームを呼べ。大至急である!生死にかかわると言え!」
ジーナはいつもと全く違うマリラの蘇りに驚きつつ、控えている医師を呼びに走った。
「ベル・チャンダル、アライア・シャンカール、手伝え。カレナードを小居間まで運ぶのだ。灯りと布と湯を十分に揃えよ」
「マリラさま、ガウンを召して下さい」
マリラはアライアが差し出したガウンをカレナードに掛けた。彼は背中からの出血と寒さに震えつつ、死の恐怖に耐えていた。ベルが籐の衝立を運んできた。それに彼を載せた。
小居間で医師のウマル・バハが待ち構えていた。彼は傷を診ながらカレナードを励ました。
「致命傷ではないぞ。太い血管は無事だ。燭台を抜くまでは気絶しちゃいかん。しっかりしていろ、女王の紋章人!」
マリラはジーナが引っ張り出した予備のガウンに袖を通し、負傷者の横に座った。
「ウマル医師、止血に何人必要だ。リリィが来るまでに出来ることはしておきたい」
「女王とロロブリダ女官長と私で十分です。が、その前に軽く圧迫をかけた方がいいでしょう。静脈からの出血が多い。布と油紙を」
ウマルは固定コードで動かない燭台に注意しつつ傷を押さえた。呻くカレナードをなだめるようにベルが濡れた布で彼の額や頬を拭いた。マリラの体中に乾いた血糊が張り付いていた。彼女はそのままカレナードの治療に加わった。女王も手練てだれのコード遣いだ。
「では、範囲指定とタイミングを頼む。私は補助に回ろう」
「一番深い静脈から参ります。カレナード、息を整えられるか。無理なら出来るだけゆっくり呼吸するんだ。いいか」
カレナードはかろうじて返事した。ジーナもコードを唱えるために傍らに座り、ベルがカレナードの肩を押さえた。1回目の止血を終えるのに7分かかった。
施療棟からリリィ・ティンのチームが到着した。アントニオとリリィと助手二人だ。リリィは汚れた女王や燭台が刺さったカレナードにまったく動じない。
「女王、応急処置に感謝いたします。おかげですぐに取り掛かれます」
「なんの。礼はウマルに言え。ここで治療を見ていて邪魔にならぬか」
「いえ、少しも」
傷は難しい場所にあったが、リリィはやりぬく決意に溢れていた。
カレナードは何度か気が遠のいた。その度に周囲の声に引き戻された。
『傷口を洗うぞ。コードより洗浄水を使え。女官長殿、もっと水を』
『ウマル医師……肺に達しているか。血管系解析コード行くぞ。Qiia.yefouar.ngllziw.ziangsi』
『マハ・コジマ助手は縫合ナノマシンの起動コード用意!』
『ドクトル・リリィ、解析反応出ます。単位設定を』
『アントニオに任せる!壁側胸膜裂傷、胸膜腔はどうか…気管支循環系血管チェック…ウマル医師、いいか』
『起動コードOK。カレナード、息を止めてて』
『女官長殿、患者に気付けを!しっかりしろ、紋章人!燭台を抜くぞ!』




