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序 血の繋がらない父と息子

 創世暦2487年10月、ユーゴ・レブラントは北米大陸の東部を縦走するパラマリヌ山脈の街道を乗合馬車で北に向かっていた。

 彼は馭者席の横に陣取り、黄金の風景を堪能していた。

 急に馭者が手綱を引いた。

「先生、ガーランドの露払いが来ますぜ。馬が暴れる前に眼隠ししてやらんと」

 南方から微かに地鳴りのような音がした。ユーゴと馭者が布で馬の頭を覆うや、三機の機械人形が上空を疾駆した。轟音が空を切り裂き、黒い光沢に金の縁取りを散りばめた人型飛行体、トール・スピリッツは浮き船ガーランドの先導者だ。

 馭者は馬を手で撫でてやっていた。

「もうすぐオルシニバレ領国で調停開始式があるんでさ。マリラ女王さまが浮き船からご降臨なさるさまはそりゃあ荘厳でございましょうが、儂らの馬は驚いちまうんでさ」

「そうだね。

 あの低空飛行は意味があるんだ。一つは私たちアナザーアメリカンに『争いは血でなく調停で収めよ』、また一つは『争いをけしかける玄街に警戒せよ』という女王の戒めだ。浮き船のヴィザーツたちは時に荒っぽいが世界の守護者なのは間違いない。

 馭者殿、他に何が手伝えるかい?」

「さすが高名なレブラント先生。早速ですが、沢の水をちょいと馬に汲んでやっておくんなせえ」

「高名は余計だよ。アナザーアメリカはいくらでも治水技術者がいる。桶を貸してくれ。馬車のお客たちも肝を冷やしたろうから、一息入れよう」

 ユーゴは沢で一人の女と出会った。カレワラン・マルゥ、すなわちカレナードの母である。

 彼女は水色の服に白いマントを巻きつけ倒れていた。ユーゴの気付け薬で開いた眼は鳶色に透きとおっていた。金色の髪が帽子からこぼれた。

 ほっそりして芯の強そうな彼女はユーゴの腕に寄りかかった。

「私には事情があるとしか申せません。どうか外れのヴィザーツ屋敷に連れていって下さい。子を宿しているのです」

 はらはらと色づいた木の葉が舞った。トール・スピリッツの次に来るのは浮き船ガーランドだ。パラマリヌ山脈上空に全長3000メートルの巨体が悠々と流れていく。エンジン音が悠々と尾を引き、船体に連なる花のような大窓が陽に輝いた。

 不意にカレワランがつぶやいた。

「アナザーアメリカの諸領国と広大な緩衝地帯に与えた私の罪は私の命で贖います。代わりにお腹の子にはお許しと御加護を……女王マリラ・ヴォーよ」

 浮き船を見上げるまなざしに一切の迷いも揺らぎもなかった。

 ユーゴはカレワランの身の上を詮索しなかった。

 彼は次の仕事先のパラマリヌ第七外れ屋敷に彼女と共に逗留し、新水路設計と基礎工事の監督をして過ごした。

 創世暦は2500年近くになり、北米大陸の住人は自らをアナザーアメリカンと呼び、11の領国と領国間の広大な緩衝地帯を住処とした。

 また、ヴィザーツと呼ばれる特別な人々がいた。浮き船ガーランドのヴィザーツ、各領国の主要地に広大な屋敷を構える地上ヴィザーツ、それらをカバーするように点在する外れ屋敷のヴィザーツだ。

 ガーランド乗員は女王と共に調停任務にあたるエリートと考えられていた。それを地上で補佐する「屋敷」のヴィザーツも同様だ。それに対し、外れ屋敷のヴィザーツは産院と施療院を兼ねた療養所を営んでいる。

 それら全てのヴィザーツの共通点は誕生呪を唱えることだった。アナザーアメリカではヴィザーツの誕生呪を与えられない新生児は三日しか生きられないのだ。

 ユーゴは閉鎖的な地上ヴィザーツと違って、外れ屋敷のヴィザーツがアナザーアメリカンに近い心性の持ち主であるのを知っていた。

「私はこの子が生まれて、誕生呪を授かる時に立ち会えるかもしれない。楽しみだ」

 カレワランは困ったように微笑んだ。

「それは禁忌でしょう?アナザーアメリカンが誕生呪を聴き、まして口にすれば重い刑罰を受けるのに。領国追放刑ですよ」

ユーゴは彼女のお腹に耳を当てた。

「私は誕生呪は創世暦の成立ちに関係している気がするんだ。創世伝説は知ってるね、カレワラン」

 彼女はユーゴの髪と臨月近いお腹を撫でた。

「創世以前の世が暴風で崩壊した時、マリラ・ヴォーは浮き船を呼出し、わずかに残った人々を救いあげ、アナザーアメリカの祖となった。

 暴風は現在のミセンキッタ領国都テネ城市を中心に四方に広がり、東は大西洋に西はロシェック大山嶺に達し、高さ3000mの嵐の円環になった」

「そう、サージ・ウォールの発生だ。創世以来、誰一人越えたことがない。

 あれは気象現象じゃない。私は何らかのエネルギーが絶えず生まれているから、暴風の壁が存在していると考えている。

 が、ヴィザーツはウォールに近寄るのも禁忌とした。彼らが定めた禁忌は多い。創世の秘密を知っているのかもしれないな。

 お、赤ん坊が動いた。この強さはきっと男の子だよ」

 カレワランはユーゴの仮説を黙って聴いた。まるで秘密の一部を知っているかのようだった。

 春になり、カレナードが生まれた。ユーゴとカレワランの目の前で誕生呪が唱えられ、彼は元気に泣き始めた。

 カレワランは安堵の涙を流した。

「カレワラン、君はもっと冷静な人と思っていたんだが……」

「ユーゴ・レブラント、私はそう長く生きられないでしょう。あなたに息子を託します」

 ユーゴはカレワランの唇に指を当てた。

「そんなことを言うものじゃないよ。子の名は決まったし、養子縁組手続きは順調だ。安心なさい」

 カレナードが1歳になる頃、多くの謎を語らないままカレワランはこの世を去った。

 ユーゴは血の繋がらない息子を連れ、仕事で各地を転々とする日々に戻った。

「カレワランは私に息子を遺した。さあ、父とこの世を巡ろう、カレナード」


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