第1章 さらなる罪と気づかずに
夕刻の空、ガーランドの灯火は徐々に近づき、船体が双眼鏡なしで見えるまでになった。用意した薪に火を点けると、荒地に紋章が燃え上がった。二人は松明を持ち、燃え上がる紋章の先に立った。
日没の中、浮き船の船首が上空にさしかかった。圧倒的な質量が頭上を過ぎて行く。二人は固唾を飲んだ。ガーランドは超低速飛行に入っており、断崖一帯に駆動音が響きわたった。船底を縦に伸びるオレンジ灯火の列が点滅を始めた。
ガーランドはほぼ停止した。灯火は点滅するのをやめ、淡い光で地上の少年と少女を照らした。前方に一条の白い光が降りて来た。
「あそこに呼んでいるわ、カレナード!」
二人は白い光の中へ走った。命を賭ける時が来たのだ。寒さにもかかわらず、カレナードの額に汗が滲んだ。
彼は大きく息を吸い、下腹を引き締めた。芝居の舞台と同じに体全体を声にして、身を滅ぼすであろう禁忌の文言を告げた。
「ガーランド・ヴィザーツよ、聞き届けよ。我が名はカレナード・レブラント。
ガーランド女王、マリラ・ヴォーに我の全てを捧げます!
我が名、カレナード・レブラントを捧げます!
我が身の全て、心臓と血を、命を、心を、我が魂をも捧げます!
この供物と引換えに、マヤルカ・シェナンディが受けた玄街の呪いを解いていただきたい!女王マリラ・ヴォーよ、どうかこの願い!聞きとどけ給え!」
マヤルカは約束を守った。彼女はカレナードがアナザーアメリカ最大の禁忌を犯すのを沈黙で守った。
全ての灯火がグリーンに変わった。静かに昇降口が開き、無人のゴンドラが降り始めた。マヤルカは快哉を叫んだ。
「やったわ、カレナード!」
が、ゴンドラが着地する前に、ガーランドは轟音を上げた。ゴンドラを降ろしながらも、船そのものは上昇を始めた。二人は松明を投げ出し、駆けた。ゴンドラに乗らなければ終わりだ。ガーランドの灯火で、平原の先に散らばる小山が見えた。その一つに駆け上がり、ゴンドラに滑り込んだ。
その時、二人より早く、玄街ヴィザーツの一群が小さな飛行物で昇降口に突撃していった。玄街は二人を追跡し、ガーランドに侵入する機会を狙っていたのだ。
昇降口から銃声と叫び声が聞こえた。ゴンドラは激しく揺れ、二人は突っ伏した。新たな一団が下から飛んできた。それ目掛けて銃撃があった。弾は二人をかすめ、何人が落下した。
カレナードはマヤルカの上に被さった。
「今ここで死んでもマヤルカを乗せる!」
戦闘中の昇降口にゴンドラが着いた。ピード・パスリが防弾の盾と共に二人の傍へ滑り込んだ。
「早くこっちへ来い!」
カレナードはマヤルカをピードの方へ押し出した。盾の影に彼女を入れ、扉の後ろまで走った。ヤッカの命令が響き、銃声が続いていた。
「ここでじっとしてろ」
それだけ言うとピードは盾を構えて、扉の影から素早く戦場に戻った。
玄街ヴィザーツが扉を破り、二人に気付いた。マヤルカは素早く銃を構えて撃った。玄街の武器が落ちた。ガーランド警備兵が横からとどめをさした。その警備兵に別の玄街が剣で袈裟懸けに背を切った。カレナードのナイフが玄街に飛んだ。大した傷はつかなかったが、一瞬動きが止まった玄街めがけて、ピードは弾を撃ち込んだ。
マヤルカは目の前の殺し合いに青ざめた。20体以上の負傷者と死体が転がり、床と壁は血で汚れていく。カレナードは彼女が握り締めたままの銃を取った。
「私、玄街を撃ったわ、殺してしまった」
「お嬢さんはこれ以上見てはいけません」
「え、ええ、そうね。見ていられないわ」
二人は扉から離れようとした。今度はピードが二人に銃を向けた。
「勝手に動くな。おい、お前、ナイフを投げたな。余計なことをするんじゃない」
奥の通路からライトグリーンの軽装戦闘服を着た女官たちが現れた。真ん中に、オレンジの戦闘服に身を包んだ女王がいた。高い背丈が堂々と歩み、彼女の額に宝石の如き威厳が煌めいた。
その煌めきにカレナードは安堵した。彼は禁忌破りの重責をふと忘れ、女王の慈悲を期待した。
女王は現場に着くや、即座に言った。
「衛生兵は救護を続けよ。ヤッカ、現時点での報告を頼む」
ヤッカが報告を終えると、女王は艦長を呼べと言い、ピードに禁忌破りはどこかと訊いた。
「私の前に呼びなさい」