第1章 ヤッカ隊長の言葉
カレナードは出生証明書と1枚の写真、その乾板を取り出した。
「こちらは2日前に撮った写真、乾板は写真に細工なしの証明です」
ヤッカは書類に目を通した。16年前の南オルシニバレ連合公証役場の印があり、両親の名前、男児誕生と記載されていた。さらに写真を見た。写っているのは一糸まとわぬカレナードの姿、未熟で若々しい女の肢体だった。
ヤッカは乾板をあらため、カレナードに目を移した。
「玄街の仕業だという証明はどうする」
「オルシニバレ屋敷のカレント夫妻が証人です。ミシコ・カレントのご両親です」
「カレントを知っているのか」
「ひと月前、調停完了祭最終日に会いました。マヤルカ・シェナンディの書類と写真もご覧になりますか」
「ああ。見せてもらおう」
ヤッカの目の色が少し変わっていた。カレナードは手応えを感じた。
写真の中でマヤルカが羞恥に耐えて裸で仁王立ちになっていた。細い少年の体から辛さが滲んでいた。彼女の出生証明書に「女子誕生」の文字を見たヤッカは短く唸った。
ピードが一歩離れ、ヤッカは声をかけた。
「オルシニバレ屋敷に問い合わせる。明後日の正午、ここで会おう」
2日後、ヤッカは私服で現れた。
「お前たちの言うとおりだった。荒唐無稽と言って悪かったな」
マヤルカは裸の写真を見られたかと思うと顔から火が出そうだ。
「私たちもすぐに分かっていただけると簡単に考えてはいけませんでした」
ヤッカは勇気のいることだったろうと言った。カレナードは訊いてみた。
「ガーランドに乗るのは難しいでしょうね」
ヤッカはうなずいた。
「禁忌だ。ガーランドにアナザーアメリカンを乗せてはならん。秩序のためだ」
「ガーランドの秩序ですか」
「そうだ。それはアナザーアメリカの秩序でもある。お前たちの事情は分かる。が、例外を作るわけにはいかん。簡単なことではない。どうしたものかな」
3人は岬へと歩いた。海上のガーランドが波の反射を受けて光っていた。
「僕たちの体には玄街ヴィザーツのコードがあるのでしょう。それを何とかすれば、元に戻れると考えます。ガーランド・ヴィザーツなら可能かと」
「お前はコードの存在を知った。だが、コードの危険性を全く知らん。それにガーランドでさえ玄街コード精通者は一握りだ。私は分からん。分かっているのは奴らが反逆者ということだけだ」
真昼の光とはうらはらに、気分は重かった。ヤッカが浮き船に戻る時刻が迫った。
「お前たちにしてやれることがないのが残念だが、レブラント、こちらに」
ヤッカはカレナードだけを岸壁に誘った。
「お前の覚悟はどの程度だ。その身をガーランド乗船と引換えに出来るか」
彼の声は方法はあると示していた。
「すでに幾つも禁忌を犯したお前のことだ。残る禁忌は女王マリラに名と身を捧げることくらいだろう、命の保証は一切ないが」
カレナードは思い出した。女王はかつて言ったではないか。
『父を助けて欲しいか、ならば我に名前を捧げるか、我に心を捧げるか、心臓を捧げるか。命を捧げるか。魂は捧げぬか』
ヤッカは彼の覚悟を問い、最後の手段を示した。彼は少年の肩を掴み、岸から海へ押した。下は冷たい波が打ち寄せている。
「これより恐ろしいぞ」
「最後に一つ教えてください。ガーランドはこれからどこを通って、次の調停地に行くのですか」
「教えられない。が、今から私は勝手に独り言だ。
出航は今夜、宵の口。カローニャ南部から東オルニシ山脈の南端断崖を通過し、マルバラ領国のタラティー地方へ向かう。途中のタラ高地で1日停泊。断崖到達は4日後夕刻の予定。この前みたいな無茶はするなよ。私に撃たれたくないなら」