第6章 女王の女官を目指す研鑽会
カレナードが第5レッドテントで林檎を噛んだ直後だった。女子古参訓練生の一団が彼を呼び出した。
「私たちは『女王の女官を目指す研鑚会』です。私は代表の女官候補生、イアカ・バルツァ!」
名乗った女はリンザくらいの迫力があった。6人の研鑚会メンバーは一応優勝を祝った後、彼を糾弾した。
「私たちのマリラさまによくも無礼を!」
「あなた、ガーランド女王を何だと思っているの!」
「本当に細っこい男ね、マリラさまにふさわしくないわ!」
「髪を切った方がいいのじゃなくて!」
「新参のくせに態度がでかいわ、お仕置きよ!」
声を聞きつけて、新参生がテントから出てきた。そこには女たちに次々に唇を奪われるカレナードがいた。キリアンは思わず大声を上げた。
「おい、何やってるんだ!」
イアカは胸を張った。
「罰よ!マリラさまがお許しになっても、私たちが許さないわ。彼の唇ってリンゴの味がするのね」
男たちはわけが分からなかった。
「きっとマリラさまも同じだわ。私たち、マリラさまと間接キッスよ!」
研鑽会は嬌声を撒き散らして走り去った。
アレクが棒のように立っているカレナードに声をかけた。カレナードは状況が呑み込めておらず、唇に指を当てていた。
「あれ、何」
「しっかりしろよ、カレナード。全く羨ましいというか、気の毒というか」
他班の新参生もアレクと同様に「羨ましいというか、気の毒というか」と声を揃えた。
キリアンは少々やけっぱちな号令をかけた。
「さあ、肉でも焼くかぁ!お客さんが来るぞぉ!」
月が高く上り、すっかり夜になるまで、彼らは仕事に没頭した。研鑚会の他に邪魔者はいなかった。離れた舞台の方からは絶え間なく舞曲が聞こえた。時々笑い声が上がっていた。道化が得意の芸を見せ、腕に覚えのある者が祭りの喧騒を盛り上げているのだろう。
3時間後、第五レッドテントの子羊肉とじゃがいもは底をついた。新参が夜食をとっているところにひょっこり道化が現れた。彼は衣装を変えていた。真っ黒の蝙蝠型マントをつけ、その下に悪戯用の道具を忍ばせ、音のしないブーツを履いていた。炭火の燠をつつきながら、言った。
「紋章人、女王にお詫びをしてきなさいよ。1時間前に御自分のテントに戻られましたから、くつろいでいるところでしょう。踊り比べのあと、お会いしてないでしょ」
「僕が行くと、マリラさまのご気分を害しますよ」
「女王は寛大でいらっしゃいます。ご挨拶に伺っておきなさい。シメは大切ですからね」
カレナードはあの場を自ら収めたマリラを思い出した。祭りのために、女王は彼の罪を不問にしたのだ。彼はエプロンを外した。
「すぐ戻る。マリラさまのテントまでひとっ走り行ってくる」
キリアンは「夜道で転ぶなよ」と言った。
「ああ、マヤルカとの約束もある」
彼はテントを出て、なんとか清拭コードを使った。子羊を焼いた香りは薄くなった。
緩い斜面を登って行った。月明かりの道なき道には昼間になかった簡易テントが多数出現していた。すぐそばを歩くと、足元の音を立てるトラップが鳴った。テントの中から下着姿のケニッヒ・ヤオセルが改造発煙筒を片手に飛び出した。
「来やがったな、ボケ・フール!これでも喰ら……おい、お前」
「すみません、ワイズ・フールではありません」
逢瀬をぶち壊しに来る道化に間違えられたのだ。
「無礼者の優勝者か。この辺には来ない方がいいぞ。フールに恨みがあるのは俺だけじゃない」
カレナードは宿泊テント群を抜けて、女王の御殿テントまで来た。テントの前にイアカ・バルツァがいた。彼女はわざと女官風に澄まして言った。
「何の御用でしょう、紋章人殿」
「マリラさまにお取次ぎください。先ほどの無礼を詫びに来ました」
「ここでお待ちください。女官長に許可をいただきませんと」
イアカが垂れ幕を開けようとしたところ、内側からアライアが出てきた。
「あら、カレナード。来たのね。さっきは凄いものを見せてもらったわ」
「恐縮です、アライアさん」
気さくなやりとりにイアカはむっとしたようだ。アライアはカレナードを招き入れた。取り残されたイアカはぶつぶつ言った。
「んもう、女官候補生は夏至祭が初仕事なのよ!取次くらい、きちんとやらせなさい。紋章人のヤツ、気が利かないったら!」




