第6章 女王の御手にキスするはずが……
真剣勝負を堪能したヴィザーツたちは舞台上の2人をたたえ、髪や衣装につけていた花を舞台に投げ込んだ。女王崇拝者は「勝ちを女王陛下に譲らないとは!何という男!」と歯ぎしりしつつ、用意していた紙吹雪をやけくそのように宙に舞わせた。
カレナードはマリラを抱き起した。どちらも言葉はなく、大騒ぎする観衆の前で肩で息をするのみだ。汗が流れ落ちた。2人はその場に突っ立ち、踊り比べの終わりを肌で感じていた。カレナードは第10曲を本来の力以上に踊ったため、半ば放心状態だ。
2人は互いを見ていた。マリラはガーランド女王に戻り、カレナードは彼女に従属する紋章人に戻る時が来たのだ。マリラが小さな声で言った。
「終わったな」
対等な心と意志で過ごす幸福の時間は過ぎ去った。名残りを惜しむ間もない。マリラに女王の威厳が戻り、カレナードの腕を取って高く上げた。
「カレナード。そなたが勝者だ」
弾んだ息でマリラを見詰めていたカレナードは呼吸を整え、観衆に向かって礼をした。訓練生の群れはカレナードの名を叫んだ。マヤルカはうれし涙にくれた。
が、カレナード自身は優勝の喜びに浸っていなかった。彼は舞台に花が投げられるたびに頭を下げたが、心はまだ踊り手のマリラを求め、さまよっていた。
道化が「さて」と水を向けた。
「マリラさま。まずは男性の勝者にキスの名誉をお授けください」
「そうであったな」
マリラは左手を差し出した。その手の甲にキスしなさいという合図だ。カレナードは反射的にひざまずいた。観衆は微笑ましい光景を期待して、さざめいた。
道化は不安だった。先ほどからのカレナードの何かが彼の神経に障っていた。
「優勝したら1000ドルガですよ、1000ドルガ。それを差し引いても、もっと喜びに満ちててもいいのに何ですか、ヤツの心ここにあらずという感じは」
カレナードは立ち上がった。彼の視線の先はマリラの左手ではなく、もっと上にあった。道化の不安以上のことが起こった。優勝者は女王の左手を取らなかった。いきなり女王を抱きしめ、自分の唇を彼女の唇に押し付けていた。2人の衣装の裾が揺れた。
ヴィザーツたちは度肝を抜かれて静まり返った。次の瞬間、割れんばかりの叫び声が起った。怒号と爆笑と歓声が荒涼たる台地にこだました。
リリィは大声を上げて笑った。
「なにこれ、傑作だわ。あのバカ、やるじゃないの!」
ウマルは苦笑していた。
「彼は打ち首だな。ああ、可哀そうに」
審査団の団長はなすすべもなかった。ヨデラハンは困惑していた。
「エーリフ、あれも君が仕込んだのか」
艦長は口をへの字に曲げていた。
「いや、私の管轄外だよ。レブラント訓練生があれほど大胆と知らなかった」
マイヨールは拍手していた。
「若いっていいことね、エーリフ」
興奮してキャアキャア騒いでいる女子訓練生の中でマヤルカは怒っていた。
「カレナードのバカ、アホ、スケベ!なんで肝心の時にそうなるのよ!バカ、アホ、マヌケッ!」
男子訓練生は女子以上に興奮していた。
「それでこそ男だ、カレナード!」
「いけいけ、カレナード!」
「たまらんっ!たまらんぞッ、カレナード!」
ナサールとシャルは抱き合って跳ねていた。
ピード・パスリはあきれていた。
「あいつはまだ子供だ。俺よりはるかにガキだ。まったく」
トペンプーラとヒロ・マギアは「良いものを見た」と話しながら、こっそりガーランドへ戻っていった。特にヒロはおもしろがっていた。
「ありゃ、これからも何かとやらかすぞ。そんなタイプだ。ジルーは彼を情報部にスカウトしたんだろ」
「なかなかの素質デス。が、航空部が彼を離さないでしょうネ」
「大したアナザーアメリカンだ。ああいうのがいないとガーランドはダメになる」
アライアは突然の接吻が終わり、マリラがどう出るかを待った。隣のキリアンに言った。
「大丈夫です。夏至祭ですから、彼を鞭打ちにしたりはしませんよ」
唇を離したカレナードが我に返ったのは、数秒後だった。
驚いて硬直しているマリラの目が彼を凝視していた。そこには怒りと羞恥と得体のしれない複雑な感情が見て取れた。
カレナードの血の気が引いた。彼は舞台の床にひれ伏した。
「ぼ、僕はなんてことをしてしまったんだ」




