第6章 ラスト・ダンス
第10曲は荘重で華やかな旋律がスローテンポで始まる。そこは女性のソロパートだ。いきなり速さを増す旋律に合わせて片足のみのつま先立ちを繰り返しながら、優美に腕をしならせていく。ついで男性が踊りに加わり、女性と素早い足技を披露する。再び旋律は元のスローに戻り、今度は男性のソロパートとなる。そして速くなる曲を女性とともに息をもつかせぬステップと跳躍を繰り返し、両者はポーズを揃えて向き合い、踊りは終わる。
まずマリラが踊り始めた。
腕を胸の前で組み、真っ直ぐに前を見据えて、ほぼつま先だけで片足立ちになった。それを右脚と左脚で交互に繰り返しやってみせた。たくし上げたスカートのおかげで膝から下の脚のラインがくっきりと映えた。
彼女の皮のダンスシューズは、脚の甲と共に究極にしなった。ヴィザーツたちは女王の離れ業に見惚れた。
「これは100年に一度の伝説になるぞ。我々は伝説の目撃者だ!」
ただ優雅なだけでなかった。唇の端がわずかに上がってはいるものの、目つきは鋭く圧倒的なオーラが放射されていた。腕が描く曲線は艶めかしい幻惑を与えたかと思うと、見る者の心を鋭く鷲掴みにした。
テンポが速くなった。マリラの横にカレナードが並んだ。この時、観客はごく自然に2人の背丈が同じに見えていた。2人で同じ振りを踊ってもカレナードの可動範囲が大きいためだ。
エーリフはカレナードが踵をほとんど床に付けないで踊り続けているのに気が付いた。
「やれやれ、あれをやるとは。後半でスタミナが切れるか、それとも」
舞台上に2人の汗が落ちていった。キリアンもアライアもミシコもナサールも多くのヴィザーツが固唾を飲んだ。軍楽団は総員で楽器を奏でていた。ヤルヴィは小さな体を懸命に使って、最後のスローパートを弾きはじめた。ちらっとカレナードに目を向けたとき、彼は信じられないものを見た。
男性ソロパートはジャンプの連続技だ。
腕を大きく振り上げると同時に跳躍し両脚を空中で打つのだが、それくらいは踊り比べに出る者ならほぼ全員がやってのける。だが、このソロパートには続きがあった。空中で打った後、着地するまでの間に右脚をもう一度振り上げて左脚で着地する。
その振りあがった右脚はカレナードの頭上を越えていた。降ろした右脚を完全にコントロールして、次は左へ小さな一歩を跳んだかと思うと、左脚を斜め後方に振り上げて跳び、上体を起こしたままで再び両脚を空中で打った。高さがあった。
エーリフは正直驚いた。
「期待以上のことをやってのけたか、紋章人。見事だ!」
ヴィザーツたちもカレナードが跳ぶたびに「おおっ!」と声を上げた。
シャルは驚嘆した。
「これは心臓破りの踊りだよ。俺、もう悶絶しそう」
カレナードの体は異常なほど軽かった。
彼の耳には音楽しか聞こえてなかった。視界にはマリラと舞台の端だけがあった。6回の跳躍を終えると彼は回転を繰り返し、マリラが踊りに加わった。2人は最後のアップテンポを踊った。一瞬の気の緩みがそれまでの積み重ねを消滅させることをよく知っていた。曲が終わり、音が完全に消え去ってしまうまで、集中していなければならない。
2人の脚が何度も交差した。向き合い、背中合わせになり、また向き合った。第10曲は残り16秒となった。
この時、マリラはカレナードの目が自分より高い所にあると感じた。彼の目が見おろしていた。実際にそうだったのかどうかは分からない。が、彼女は気圧されていた。彼の眼差し、彼の呼吸、彼の香り、彼のすべてが彼女に迫ってくるようだった。
マリラは初めてカレナードに正真正銘の男性性を感じた。
彼女にとって、それは発見と戸惑いだった。それまでの女王は、男としてのカレナードを侮っていたのだ。
指先が微かに震えた。
最後の跳躍が待っていた。ほんの少し距離を置いた女王とカレナードはポーズを決める位置を目指して、軽やかに飛んだ。そのまま互いの腰に手を回し、小さな片足打ちをしながら一回転したのちにラストのポーズを取った。
マリラの視界が揺らいだ。彼女はカレナードと向き合って、両脚でつま先立ちをし、左手を掲げ右手を腰に当てて、すっくと立っているはずだった。
しかし、音楽が鳴り終わった時、彼女の右脚から力が抜けた。体がふらりと傾いて、カレナードが咄嗟に出した腕の中にあった。
誰がどう見ても、女王は最後にバランスを失ったところをパートナーに抱きかかえられたのだ。
カレナードは片腕で女王を抱えながらも、左腕は天に向かって掲げられ、脚も微動だにしないつま先立ちだった。ただ、顔だけが女王を気遣うように腕の中のマリラに静かに向けられていた。
エーリフは審査団の団長席から立ち、即座に宣言した。
「優勝者、新参訓練生男子代表、カレナード・レブラント!」
観衆はこの判定に納得し、歓声を上げた。




