第6章 女王の姿にピードの心は
「女王陛下マリラ・ヴォー、ならびに新参訓練生カレナード・レブラント殿」
カレナードはマリラより半歩後ろでお辞儀をした。マリラは膝を深く折って誰よりも優雅に挨拶をした。彼女は後ろにいるカレナードの手を取り、自分の横に出るよう促した。その心遣いに観衆はまたもや沸いた。
パートナーと手を繋いだまま、女王はヴィザーツたちに手を振った。腕を頭上に伸ばしている姿は伸びやかで、普段の凛々しく厳しい女王と同じ人物に見えなかった。
ピード・パスリは静かにその姿を見つめていた。彼は周りの熱狂に乗ることなく、しかし、熱心に踊り比べを見物していた。
「あの時のマリラさまを思い出す。俺を思い切り子供扱いしたんだよなぁ……」
彼の顔に苦笑が浮かんだ。
「いいんだ、おかげで俺はガーランドで生きていけるから。あの女男も同じだ」
ピードは思い直したように、同僚のドルジンにあとで艦長の酒蔵に行こうと誘った。
踊り比べ開始からすでに45分が過ぎていた。キリアンはアライアがやるように素早くカレナードの汗を拭いて、目尻の化粧を直してやった。
「カレナード。この調子で行ってくれ」
「行ってくる、キリアン」
キリアンはリハーサルの最後に見たあの瑞々しさが再びカレナードに満ちているのを感じた。同性ながら、うらやましいほどの男ぶりだった。
「あいつはマリラさまに、もしかして恋をしているのか、不死の女王に。でも、彼はその自覚がないのか」
彼はマリラと共に第7曲の位置に着く友人を見遣った。
「頑張れ、自覚無き大物。女王に恋をするなんて、大物にしか出来ないぞ」
14組まで減った踊り手達の間に見えない火花が散るようだった。
彼らは第7曲を所狭しと踊った。これも第6曲と同じゆったりしたテンポだったが、趣は全く違う。第6曲が哀愁を帯びた艶めかしさなら、第7曲は情熱と気まぐれな妖艶で出来ていた。猫のように跳ねる足取りが続いたかと思うと、一瞬で動きを止めて男女が向き合う。それは危うい戯れにも似た踊りだった。
マリラはこの踊りがお気に入りらしく、最初からパワー全開モードに入った。カレナードはそれを全力でサポートし、マリラと同様に体幹に集まった力を十分に使った。
エーリフは笑みがこぼれるのを止めることが出来なかった。
「私のレッスンがここまで効いているとは。紋章人よ、よく応えた!」
会場は白熱した。第7曲が終わると歓声と拍手が崖にこだまして、軍楽隊が驚くほどの大音響になった。
指揮者は肩をすくめて、拍手が止むのを待った。失格者がないまま、14組は第8曲に入った。
ミセンキッタ大平原に伝わる緩急のついた舞踊をさらに難しくしたもので、複雑な足技を華麗に見せるのが特徴だった。そのために女性は衣装を腰帯でたくし上げて締め直し、膝から下を見せた。明るい旋律がゆったり奏され、やがて急激に目まぐるしい速さに変わる。
勝負はその時だった。ソカンリとボルタが列からはみ出た。ボルタが回していたはずの腕からソカンリの腰が外れた。そのままソカンリは倒れそうになった。なんとか持ちこたえようと回転を利用してボルタの方へ向き直ったが、肝心の彼がソカンリの方へ突進した。審査団の旗が揚がった。同時にヤンヤン・カンとジョン・バレがバランスを崩した。
観客から「惜しい!」とどよめきが上がったが、残るは4組まで減った。
ヒロ・マギアはトペンプーラに渡す物を用意して舞台の様子をうかがっていた。
「うちのカンカンちゃんはよく頑張ったな。ジルーは最後まで残る気だ。女王組と競って競って盛り上げておいて祭を抜けるつもりか。仕事熱心なヤツ」
彼は首から下げた袋の中の鍵を触った。
「今夜は良く晴れてるよ、ジルー。飛行艇よりグライダーの方が楽しいと思うんだ、俺っち。鍵は用意してあるから、よろしくな」
トペンプーラはまだまだ元気だった。リンザの粘り強さと相まって、優勝に手が届く距離にいた。リンザの息が多少弾んでいたが、彼女にとってそれは問題にならない。
「ジルー、あと2曲よ」
彼女は情報部副長をもファーストネームで呼んでいた。
「ワタクシ、素晴らしいお相手に引き当てられてシアワセです。さあ、気を抜かずに参りましょうネ。集中力です、リンザ嬢」
2人は手を握り合った。リンザは誓った。
「勝つわ、私達!」
「もちろんデス!」
トペンプーラはためらわずに作戦を決行した。
彼は勝ちを意識したリンザにわざと乗った。本当に優勝を狙うなら、リンザの勝ち急ぎの心を止めねばならない。あるいは彼自身を捨て身にして舞台上で転び、道化に嘲笑される予定でいたが、ここに至って彼女は勝ちを意識し過ぎた。彼は第9曲で舞台を降りると決めた。




