第6章 別離の歌に乗って
第6曲は、スペインの振付家ナチョ・ドゥアトの作品を元にしています。タイトルは「Cor Perdut(失われた心)」
ここで軍楽団が楽器入替えのため、3分の小休止となった。道化は盛り上がった観客のため、マリラとカレナードを連れて舞台を一周歩いた。マリラは道化の目的をよく心得ていた。
彼女はカレナードに言った。
「さっきのアンコールだ、ラストの決めポーズで行こう」
彼は笑って応じた。そのポーズは宮廷舞踊にしてはかなり際どい線上にあった。2人は道化について、大きなツーステップを踏み、8歩ごとに止まっては大きく胸を反らして両腕を横に張り、腋下の空間を美しく見せた。その時、マリラはわざと片腕を伸ばして裾を持ち上げ、脚を見せた。
予想もしない女王の遊びだった。大喜びする観衆に対し、リリィは苦虫を噛み潰す気分だ。
「やりすぎだわ、地上の酒場女みたい」
ウマルは笑った。
「そうかい、女王が結構なサービス精神の持ち主と分かって嬉しいよ。今夜の女王は本当に楽しそうだ。カレナードととても息が合っている。巷では出来レースなんて言っている奴もいたが、これは素晴らしい競技会だ。そう思わないか、リリィ」
「あなたって意地が悪いように見えないけど、そうでもないのね」
「カレナードを話題にしてはいけないのか」
リリィはウマルを睨んだ。少し頬が赤かった。彼はリリィの額に手を当てた。
「熱はないはずだが」
「あんたなんか嫌いよ」
ウマルは睨んでいる女医を無視して舞台に視線を戻した。
「次も恐ろしく難しい曲だ」
第6曲はアナザーアメリカでも異色の文化圏を持つブルネスカ南方の乾燥地帯で歌われる別離の歌だ。哀調を全面に押し出しながらも強い旋律は、その風土の香りに満ちていた。ウマルは「故郷の歌だ」と目を細めた。
リリィは嫌いと言いながらも、彼の横にじっと座っていた。
フィドルは第6曲をエキゾティズムたっぷりに奏でた。踊りはアナザーアメリカのどの伝統にもない自由な形の振りであり、途中にシンクロナイズドダンスがある。
エーリフは200年前に起こった前衛舞踏の影響で作られたのだろうと言った。ゆえに踊り手の解釈で、さまざまに味付けができるのが魅力だが、観客が説得する動きを見せてこそ意味があった。表現力の大きさを測られる踊りであり、下手をすれば技量を観衆の前で丸裸にする怖さがあった。
踊る前にマリラは言った。
「別離は終わりではない。縁が切れても、縁が切れる前に培った心が残る。別れを悲しんでもよい、やがてはそれを力に出来ればいいのだ」
彼女の目は「そなたと私もそうありたい」と語った。カレナードは応えた。
途中で何度か女性を持ち上げ、あるいは背中に乗せる振りがあったが、あいかわらずマリラは長身に似合わない軽さだった。2人はアイコンタクトの他はほとんど互いを見なかった。見なくても相手の位置が分かり、同じ心で踊っているのを知っていた。別離の苦しさと切なさの中にあっても、2人の動きはそれらを乗り越える意志を感じさせた。
キリアンは息をするのを忘れていた。
「なんて踊り方をするんだ、カレナード。マリラさまもまるでずっと一緒に踊ってきたみたいに」
アライアもすっかり見入っていた。常にきちんと閉じている彼女の唇が緩んで、吐息めいたものが漏れ出した。
ヴィザーツたちは静かに第6曲が終わるのを待った。最後に男と女が床に倒れて音楽が終わると、嵐のような拍手が起きた。失格者は1組だけだった。
ミシコは思わず大声を上げてしまった。
「ああ、カレナードはよくやった!」
ナサールは相変わらず「たまらんなぁ、この緊張感!」と叫んではその辺を飛び跳ねた。それに新参男子が徐々に加わって、喚声を上げ始めた。
「オンヴォーグ、カレナード!」
観衆は自分のセクション代表に向かって即席の応援歌を歌い、あちこちで応援合戦が展開した。艦長はその盛り上がりを見て、ワイズ・フールに合図した。彼は合点承知と残った組を舞台の中央に並べ、改めて紹介した。
「十ヶ月訓練生ソカンリ・ジカ嬢、ならびに警備隊航空部テナン・ボルタ殿」
「甲板材料部ヤンヤン・カン嬢、ならびに管制部第三セクション、ジャン・バレ殿」
道化に呼ばれた男女は一歩前へ出て、優雅にお辞儀をしたり気軽に手を振ったりして、それぞれの応援に応えた。その間、軍楽団は軽快なワルツを流した。
「女王区画ベル・チャンダル嬢、ならびに総合施設部兵站セクション、ケニッヒ・ヤオセル殿」
新参男子の群れから「オンヴォーグ、ベル・チャンダル!」の声が上がった。
ベルは心得ていて、そちらへもにこやかに手を振った。
「新参訓練生リンザ・レクトー嬢、ならびに情報部副長ジルー・トペンプーラ殿」
大きな拍手が上がった。観客の目にもこの2人は優勝候補として映っていた。
ナサールは拍手しながら言った。
「華があるよな、リンザと副長さんは」
シャルが解説を入れた。
「そうそう、動きが大きくて凄いメリハリが効いてる。カレナードが言ってたよ、強敵だってさ」
アレクが珍しく話に割り込んだ。
「俺はマリラさまとカレナードの踊りが好きだな。上手いだけじゃない。胸に来るものがある」
周りの新参達は「ほおお」と声を上げた。
「見た目と違って、アレクはロマンチストだったんだ!」
当のアレクは可笑しそうだ。
「今頃分かったのか。鈍いな、見た目で人を判断しやがって。おっと、カレナードが出るぞ」
道化の声が最後の組を呼んだ。




